錬金術師のメヂア
白い空間に、一人の少女が立っていた。よく見ると、ロザリアに似ているようである。きっと、少女だった頃の彼女は、こんな感じだろう。そんな風に見えた。
そんな少女の体からは、複数の鋭い刃が伸びている。
一方向に伸びるわけではなく、上に向かうものもあれば、下に、横に伸びるものも。しかも、どれも鋭く、鈍く輝き、その切れ味を主張してた。
これでは、体を動かすだけで、彼女は自分の体を傷付けてしまうだろう。それなのに、刃は彼女の体の奥深いところから伸びているらしく、とても取り除けるようなものではなかった。
少女は俯いていた。自分の体が恨めしい。そう思っているのだろうか、今にも負の感情で爆発してしまいそうなほど、体は震えている。震えは次第に激しいものに。彼女の中で何かが暴れまわっているようだ。
怒りに、悲しみに耐えられなくなったのか、彼女は顔を上げる。ただ、それは助けを求めるものではない。覚悟を決めたのか、立ち向かうことを決めたのか、踏み出すことを決めたのだろうか。真っ直ぐと正面を見ていた。
軽い跳躍。決して高いものではないが、それに続いて腕を伸ばした。着地すると再び地を蹴って、空中で回転する。今度は同時に足を放り出した。その動きはしなやかで、力強く、彼女の気持ちがあふれ出ている。
それは、彼女の怒りを表すような、激しいダンスだ。
内側の怒りを、悲しみを、そして喜びを表現するように、どこまでも強く、衝動的に体を揺らす。
しかし、彼女にとって激しい動きは、自身の体を傷付けると同じもの。彼女が腕を伸ばすたびに、美しい旋回をみせるたびに、
体が切り裂かれ、血が飛び散る。彼女の動きに合わせて、赤い弧が描かれていった。
痛い。激しく踊れば踊るほど、強い痛みが増えていく。当然だ。彼女の体から伸びる刃は、彼女の衝動を許してはくれないのだから。
彼女は蹲る。痛みに耐えるように。
衝動を抑えるように。どれだけの血が流れたのだろう。彼女の足元には赤い血だまりが広がっていた。広がる赤を見て、彼女は何を感じたのか。それまで、痛みに耐える苦悶の表情だったはずなのに、少しずつ、怒りが、悔しさが、切なさが込み上げてくる。
――確かに、体は千切れてしまいそうだ。少し手を伸ばすだけでも、皮膚は裂かれて血が噴き出す。
――痛い。たまらなく痛い。このまま、じっとしていたい。
そんな風に思った。それなのに、痛み塗り潰す、より強い感情が彼女を支配する。
――それでも踊りたい。踊らなければ、私は壊れてしまう!
彼女は立ち上がる。その瞬間も、彼女の体は裂かれ、再び顔を歪めるが、次の瞬間、その表情に浮かんだのは笑顔だった。
――解放しろ。私の中にあるすべてを!
彼女は衝動に任せて、再び踊り出す。
もちろん、体は裂かれる。血は舞い散る。肉が飛び、臓物もこぼれだしてしまいそうだ。
――それでも、私は踊り続けるのだ。
彼女は踊る。今まで以上に激しく。それは目を背けたくなるほど、痛々しい姿だが、彼女は笑っていた。
――これが痛み! 踊り続けることの痛み! そして喜びなのだ!
笑いながら彼女が踊り続け、キャンパスは次第に赤へ染まった。踊り続けて、血に塗り潰され、彼女がそこにいるかどうかも分からないほど、すべてが赤一色に染まっていく。
赤い沈黙。それが結末かと思われたが、真っ赤に染まったキャンパスの角から、白い余白が生まれ始めた。余白は外側から内側へと少しずつ広がって行く。
単純に、赤から白へ塗り替えられるのかと思ったが、そうでもない。赤は中央で円形をとどめたが、よく見ると黒い縁が。
それは目だった。瞳だ。赤い眼球がそこにある。
赤から白に塗り替わったではない。
赤い瞳がキャンパスいっぱいに映し出されていたのだ。
赤い瞳の全体像が見えてきた。痛いくらいに肌の白い女が、赤い目でこちらを見ている。黙って、ただ見えている。時折、瞬きを見せるが、そのタイミングは嫌に人間らしく、生身の女がそこに存在しているかのようだ。
女はただ見ている。喋ることなく、語ることなく、少しも目を逸らすことなく、ただ見ている。
そんな時間が一分、二分、三分と続いた。いや、もしかしたら本当は数十秒だったのかもしれない。ただ、それが永遠に続くようだった。
しかし、前触れもなく、何かが途切れたかのようにキャンパスが白に切り替わると、そのままシアタ現象は宙に霧散した。
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