創作とは、かくあるべし
「トウコ!」
レーナはまとわりついてきたデプレッシャを撃破し、青ざめた顔で駆けてきた。
「大丈夫か? 怪我はないか!?」
「だ、だ、大丈夫だよーーー」
あまりに勢いよく肩を揺すられるせいで、声が震えてしまう。が、トウコに傷一つないことを確認し、レーナはほっと息を吐いた。そして、悔しさに顔を歪める。
「すまねぇ。危ない目に合わせちまって、魔石も……取られちまった」
「仕方ないよ、相手も相手だったわけだしさ」
「可愛い錬金術師さんの言う通りです」
二人の会話に入ってきたのは、もちろんロザリアである。
「先生から魔石を奪おうなんて、思い上がりも甚だしい。そして、この私に勝てるという考えも……」
勝ち誇った視線に、レーナの歯がガチガチと音を立て、何とか怒りを抑えているようだ。
「こんなところにデプレッシャがいるのがおかしい。あれがなければ、勝っていたのは私だ!」
「確かに、エタ・コラプスエリアにデプレッシャがいるのは珍しいことですが……」
ロザリアは冷静に返す。
「どんなイレギュラーも冷静に対応し、必ず錬金術師を守ることがガードの役目です。それを貴方が失敗し、私が救ったのですよ? 感謝されても噛みつかれる覚えはありません」
「ぐぐぐっ……」
さすがのレーナもこれには言い返せず、ただ苛立ちを吐き出すしかなかった。
「なんでいるんだよ、このデプレッシャは!」
「別に珍しいことじゃない。たまに見るよ」
その回答はノノアによるものだった。いつの間にか、倒れたデプレッシャの傍らに腰を下ろしている。
「そうなんですか?」
メヂアを作り始めて十五年以上経つトウコですら、それは知らなかった。
「コラプスエリアとエタ・コラプスエリアは名称こそ似ていますが、まったく違った現象と考えられているはずですけど」
「大して変わりはしないよ。こういう場合は、黒い呪いの下に、白い呪いが隠れてるだけかな」
「……えっと?」
「エタ・コラプスエリアの中で誰かが絶望に耐えられなくなったんだ。そこで、デプレッシャになったけれど、セトバクの呪いの方が強い。だから、白い大地は塗り潰され、黒い大地が広がっているように見えるだけなんだよ」
「……なぜ、こんなところでデプレッシャになってしまったのでしょうか? モンスターに囲まれたとか?」
トウコの質問に淡々と答えていたノノアだったが、これには少し違った反応を見せた。明らかに声のトーンを落とし、憐れむようにデプレッシャの体に触れる。
「きっと……助けたかっただけなんだ」
「……先生」
ロザリアが痛まし気にノノアの横顔を見つめていた。トウコには理解できなかったが、彼女は察するところがあったらしい。
「それじゃあ、やろうか」
すると、ノノアが懐から深紅の球体を取り出した。間違いない、メヂアだ。
「も、もしかして……シアタ現象を起こすつもりですか??」
トウコは驚きと期待が同時に最高潮に達する。その口元に浮かぶ笑みを隠しきれなかった。伝説の錬金術師によるシアタ現象を、アーカイブではなく、その目で見れるのだ。トウコのような人間からしてみれば、またとない機会である。
ノノアの方は、そんな視線にプレッシャーを感じることもないらしく、表情を変えないままメヂアに魔力を注いだ。それに反応し、深紅のメヂアが輝きを放ちながら、天に向かっていく。
「あの、先生……。サイコロジ・ダイブは行わないのですか??」
トウコの疑問は当然のものだ。普通はサイコロジ・ダイブによって、デプレッシャの精神を読み取り、それに合ったシアタ現象を発動させるもの。しかし、ノノアはその工程を飛ばして、シアタ現象を起こそうとしているのだから。
「そんなもの、必要ないよ」
しかし、ノノアは当然のことだと言い切る。腑に落ちない表情を見せるトウコだったが、彼は重ねて言うのだった。
「作り手が見せたいものを見せる。メヂアって、そういうものでしょ?」
トウコは表情を失う。そして、淀んだ瞳を揺らしながら、固く口を閉ざすのだった。
黒い大地から、白い粒子が浮上して行く。そして、赤いメヂアへ吸い込まれていった。大地は黒いのに、白い雪が天に向かって落ちてく。本来ならば、非常に珍しい光景なのだが、それぞれの想いを噛み締め、誰も言葉を発しなかった。
呪いの吸収が終わったのか、雪が止まると、青空にキャンパスが浮き上がる。全員の視線が集まる中、ノノアが呟いた。
「それじゃあ、シアタ現象を始めるよ」
その言葉だけで、トウコの全身に鳥肌が立った。彼女は宙に現れたキャンパスを見上げながら思う。
たぶん、この光景は一生忘れることはないだろう。そして、それを見た自分は、これまでの自分とは別物になっているはず。
私は生まれ変わる。否が応でも、生まれ変わってしまうのだ、と。
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