魔王の提案
「おい、魔王。お前、すべての呪いを管理している、とか言ってたよな?」
魔王の上機嫌な態度を無視し、レーナは本題に入る。
『むっ。なんだ、デートの話ではないのか』
「良いから早く答えろ。お前なら、エタ・コラプスエリアの場所も分かるのか?」
一切話に付き合おうとしないレーナだが、魔王はそれでも気分を害することはないらしく、素直に質問に答えた。
『当然だ。この世界にあるコラプスエリアの位置は、すべて把握している』
「じゃあ、この辺りでランクB+の魔石が取れそうなエタ・コラプスエリアの場所は?」
『ランクB+か……』
しかし、この質問に対しては、どこか歯切れが悪い。何か事情があるようだ。
『すまないな。レーナちゃんには悪いが、それは先約がある。この付近では紹介できるものは今のところはない』
「ふざけるな。その先約とやらを断って、こっちに譲れ」
『レーナちゃんの頼みとあらば、と言いたいところだが、なかなかの得意先でな。今後のビジネスに関わることだから、簡単に断れないのだ』
「……本当に? 私のお願いでも?」
レーナの声色が変わる。いつもの男勝りな乱暴な調子ではなく、男心をくすぐるような声だった。交渉のための演技であることは間違いないが……。
『ぐぬうっ。か、可愛い……。この魔王、不老不死がゆえに長い人生ではあるが、これほど迷ったことはない!!』
どうやら魔王にとっては効果絶大であった。
「迷うな馬鹿! すぐにエタ・コラプスエリアの場所を教えろ!!」
『分かった。分かった! では、余と結婚するのだ。それなら文句はない』
「はぁ? 私は今すぐお前をぶっ殺してやってもいいんだぞ? そんな要求が釣り合うと思うのか?」
『では、カレシカノジョの関係は?』
「いい年してカレシカノジョとか言うな!」
粘る魔王だが、レーナは容赦しない。
「もういい。今すぐお前の場所を調べて殺しに行く。二度と私とまともな会話ができると思うな?」
『わ、分かった! ちょっと待つが良い』
どこか間の抜けたメロディが聞こえてくる。どうやら通話を保留にしたらしい。その間、レーナは不安げに見守るトウコに頷いてみせ、交渉は上手く行っていることを伝えた。
『待たせたな』
三分もしない間に、魔王が戻ってきた。
『食事だ。一回だけ余と食事を共にすれば、条件付きでエタ・コラプスエリアを紹介してやってもよい』
食事か、とレーナは少しだけ迷う。魔王は金を持っているし、見栄っ張りだ。かなりグレードの高い店を選ぶだろう。だとしたら、トウコのためにも一度くらいは行ってやってもいい。強引な手を使ってくるのなら、殴り殺すだけなのだから。
「ちなみに、条件は何だ?」
『うむ。先約である私のクライアントと早い者勝ちで魔石を争ってもらう。私のクライアントとレーナちゃんが同時にエタ・コラプスエリアに入り、先にセトバクを撃破した方が、魔石を手に入れる、というわけだ』
「なんだその面倒な条件は……!!」
『仕方なかろう。余とてクライアントに対する義理がある。向こうがたまたま奇人だったから、この条件を飲んだものの、本来であれば絶対に断られていたのだぞ』
魔王を名乗る割には、ちゃんとしたビジネスマンのようではないか。レーナはそんなツッコミを堪えながら、勝負ならば勝てばいいだけだ、と覚悟を決めることにした。
「分かった。じゃあ、いつどこに向かえばいい?」
魔王が指定した時刻は三時間後。ウィスティリア魔石工房から一時間ほど移動した森の中にあった。
「こんな場所にあったなんて……悔しいなぁ」
ゼノアは肩を落とすが、トウコは「次はお願いね」と励ますように笑った。ちなみに、エタ・コラプスエリアに同行したのは、ウィスティリア魔石工房の三人だけでなく、イアニスも同行することになった。
「トウコ先輩の仕事をまじかに見れるチャンスなので、ぜひ一緒に行かせてください!!」
熱心にお願いされ、トウコはどこか気が進まないようだったが、あまりにイアニスが積極的だったため、しぶしぶ許す形となったのである。
「お、魔王のやつがいたぞ」
木々の向こうで、魔王が健気に手を振っている。魔王らしい、凶悪な微笑みを浮かべているが、レーナの姿を見て嬉しそうにしていることは間違いなかった。そして、彼の後ろには二人の男女が。おそらく、先約のクライアントと魔王が言っていた、クリエイタとガードなのだろう。
「あれ?」
「ありゃ??」
魔王のクライアントと顔を合わせた瞬間、レーナは目を見開いた。そして、それは向こうも同じで、レーナの顔を見て驚いたようだ。
「まさか……魔王のクライアントって、ジジイかよ」
「まさか……いつかのモデルさんだったとは」
魔王のクライアント。その正体は、レーナがモデルの仕事を請け負った、先生と言われる初老の男と、彼を過剰に守る異様に強い女、ロザリアだった。
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