正しい評価が欲しくて
応接スペースのソファにトウコとイアニスが向かい合って座り、楽し気に談笑していた。
「でも、どうして連絡くれなかったんですか? 先輩が工房を立ち上げるなら、僕も手伝ったのに」
「うーん、突然のことだったからねぇ」
イアニスのためにコーヒーを淹れて、レーナは彼の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「あれ、レーナちゃん。私の分は?」
トウコを無視して、レーナはイアニスの隣に座る。
「イアニスさんって言うんですね。どんなお仕事をされているんですか? 休みの日は何をされているんです? ご趣味は??」
「えっ? あの、その……」
体を寄せる美女に動揺したのか、言葉が出てこないイアニスだが、レーナは容赦しなかった。
「あ、筋肉すごい。細く見えるのに鍛えているんですね」
太ももをタッチされ、顔を赤らめるイアニスだが、その様子を見たトウコは小さく溜め息を吐いた。
「レーナちゃん、その人はクリエイタだよ。私の後輩で、売れないクリエイタ」
売れない、という言葉をあからさまに強調するトウコ。それが耳に入ったのであろうレーナは、少しずつ笑顔から能面のような表情を変化させると、低い声で「ごゆっくりー」と ソファから離れて行った。
「せ、先輩……あの人、何ですか??」
混乱するイアニスに、トウコは苦笑いで答えた。
「気にしなくていいよ」
一方、やる気を失ったと言わんばかりに、椅子にどっかりと座るレーナを見て、ゼノアは肩をすくめる。
「レーナさん、いくらなんでも態度に出すぎですよ」
「しょーがねーだろ。縁がないものに媚びたところで」
とは言うものの、とゼノアは楽しそうに話している二人を見ながら考える。イアニスに近付くレーナを見て、トウコは今までにないくらい棘のある態度を見せた、ようだった。
気のせいかもしれないが、いつも柔らかい態度のトウコには珍しい瞬間だったので、ゼノアには大きな違和感だったのだ。
「そうだ、トウコ先輩のメヂアを見せてください。工房を開いたってことは、いくつかあるのでしょ?」
イアニスが急かすようにソファから立ち上がる。やはりクリエイタ同士なのだ。話はそこに行きつくのだろう。
「それがさぁ、急に立ち上げたものだから、見せられるほどのものは作れていないんだよね」
いつもならメヂアを見せたがるトウコだが、なぜか積極的ではないようだ。しかし、イアニスの方は逆らしい。
「そんなこと言わないでください。トウコ先輩のメヂアなら、何でもいいんです。お願いします……一つでもいいので!」
何度も頭を下げられ、トウコは折れるようにソファを立った。そして、工房の奥にイアニスを案内する。
「最近の中で、一番頑張ったメヂアはこれかなぁ」
「さ、触ってもいいですか?」
「うん」
イアニスは興奮気味にトウコのメヂアを手に取り、さまざまな角度から見た。
「さすがトウコ先輩だ……。こんな細かいメヂア、滅多に見れませんよ」
「そんなことないよ。もっと凄い人はいっぱいいるわけだし」
「このメヂア、呪いを吸った後じゃないですか。シアタ現象も起こしたのですか?」
「うん、まぁ……」
「見せてください!! どうして教えてくれなかったんですか!!」
ぐいぐいと詰め寄ってくるイアニスに、再び折れてHNアーカイブにアップされたウィスティリア魔石工房のシアタ現象を見せる。
「さすがだ……。本当にさすがだ……。こんな凄いシアタ現象を作れるのは、トウコ先輩だけですよ!!」
「だから、そんなことないって……」
「あとでも僕のアカウントから評価もしておきますね!」
「無理にしなくていいよー」
二人のやり取りを聞いて、レーナはゼノアの耳元で囁く。
「なんかあいつ……気に食わねぇな。あんな野郎に、トウコの天才が分かるかけがねぇ」
「レーナさんって……けっこう独占欲が強いタイプだったりします??」
ゼノアは知っている。レーナはトウコの才能を誰よりも評価する一方で、他の人間が彼女のメヂアを褒めることは気に食わないらしいのだ。
「トウコ先輩、ありがとうございました。僕の創作意欲も刺激されたので……いつか先輩に認めてもらえるようなメヂアを作って見せますね!」
目を輝かせるイアニスに、どこか遠慮した笑顔を返すトウコ。
「イアニスくんのメヂアも十分凄いってば。まぁ、私のメヂアが少しでも刺激になったのなら嬉しいけどさ」
別れの挨拶が交わされるかと思ったが、一本の電話が入った。
「いつまで待たせるつもりですか!?」
電話の相手は。現在唯一の依頼人である、マミヤ夫人だった。どうやら、メヂアの完成があまりに遅かったせいで、業を煮やしたらしい。
つまり、クレームが入った、というわけだ。
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