危険な女と危険な女
拳を躱したレーナに、追撃の左ジャブが連続で放たれる。
(こいつ、本当に人間か? 人間だとしたらトップクラスの勇者と同等の強さだぞ!?)
ジャブを捌き、さらに放たれた右ストレートをかいくぐりながら、ロザリアの腰に飛びつく。レーナの強烈なタックルは、あらゆる魔族を押し倒し、撲殺の伏線につなげてきたのだが……。
「貴方、本当に何者ですか? 私のパンチを躱して、こんな鋭いタックルを仕掛けてくるなんて」
ロザリアはレーナのタックルを受け取めてみせたのである。ただ、やはりロザリアもレーナという存在を不気味に感じているようだ。
「それはこっちのセリフだ。あんな鋭いパンチ、魔族だって使わないぞ」
「……ほう」
ロザリアがレーナの足を払おうと仕掛けてきた。その足捌きは、常人であれば何が起こったか理解できずに、地面の上で大の字になるところだ。
が、レーナは絶妙なバランス力と技術で対応する。足を刈り合う攻防が続いたが、これでは決着はつかないと二人は判断し、ほぼ同時に体を離す。
「お返しだ!」
離れ際、レーナはロザリアのこめかみを狙って拳を振るったが、彼女は素早く身を屈めてやり過ごした。それでも、レーナは落ち着いて、低い姿勢のロザリアに逆の拳を突き下ろすが、素早く体制を変えられて回避されてしまう。
「……」
「……」
黙って睨み合う二人の女。憎しみが交差するようでもあるが、考えることは同じだった。
――絶対に私の方が強いって分からせてやる。
そして、またも同時に踏み出し、これまた同時に繰り出した右の拳。それは二人の間でクロスし、お互いの顔面にヒットした。
「ぐあっ」
「かはっ」
二人は弾かれるように後退り、ガクンッと膝が折れそうになったが、どちらも意地で耐えて見せる。
「やるじゃねぇか。久しぶりに楽しい殴り合いだ」
「暴力に喜びを見出すなんて、野蛮な人ですね」
否定するロザリアだが、彼女も高揚感を抑えられていないことは明白だった。さらに、至近距離の攻防が続く。レーナがボディに打ち込んだと思えば、ロザリアが顔面に打ち込み、レーナが顔面に打ち込んだと思えば、今度はロザリアがボディに打ち込む。
「倒れろ、このクソ女ーーー!!」
「貴方が倒れなさい、暴力女!!」
今度はハイキックが二人の間でクロスした。どちらも直撃には至らなかったが、お互いバランスを崩して尻餅をつくと、立ち上がれないようだった。
そんな状態で睨み合う二人。まるで、先に立ち上がった方が勝つ、という見えないルールがあるように、二人は体力を振り絞り、何とか先に立ち上がろうとするが……どちらも限界を迎えていた。
「あの、ロザリアさん?」
そんな状況で、やっと先生がロザリアに接触を試みる。
「退がっていてください、先生。この女は危険です」
彼の安全のため、と主張するロザリアだが、当の先生は非常に決まり悪そうな顔で、本当のところを伝えるのだった。
「だからね、ロザリアさん。この人は悪い人じゃないの。僕がモデルのバイトしないか、って誘っただけで、何か危害を加えようとしたわけじゃないんだって」
「……そうなのですか?」
「うん」
ロザリアはレーナを見る。
「お金目当てで先生に近づこうとする毒婦ではないのですか?」
「ちげーよ」
「先生の魅力に惹かれ、色目を使ったわけでもなく?」
「ちげーよ!!」
「…………」
二人はゆっくりと立ち上がる。気まずい沈黙が流れたが、先に口を開いたのはロザリアだった。
「失礼しました。先走ってしまったようです」
「ふざけるな。せめて、襲い掛かった理由くらい、まともに説明しやがれ」
「ですから、お金目的で先生に近づいたのか、先生の魅力に惹かれて近づいたのか、とにかく悪い虫が先生に近付いたようだったので、排除する必要があると判断したのです。まさか、先生から協力を申し出ていたとは」
「金目的ならまだしも、このジジイの魅力に惹かれるってなんだよ」
「あら、あれだけの格闘センスを持ちながら、男性を見るセンスはないようですね。先生は魅力にあふれる立派な方なんですよ?」
理解できない。こういうときは黙っておくべきだろう。
「すまんね。これ、約束の報酬だから」
納得いかないレーナだったが、百万イエールを手渡され、少しだけ感情の納めどころを得たような気がした。
「では、先生。行きましょう。確かこの後は取材があります」
「ロザリアさん、その前に病院へ行った方が良いと思うよ」
二人は寄り添い、立ち去っていくかのように思われたが、ロザリアが振り返った。
「貴方、なかなか心得があるようですね。まぁ、私ほどではないようですが」
「はぁ……?」
「また挑んでくるのなら受けて立ちましょう。そのときも、私の勝ちは揺るぎのないものだと思いますが」
「ふざけるな! 私の方が打撃を当てていただろうが! 私の勝ちだ!!」
「さぁさぁ、先生。やかましい声を聞くと脳に触ります。早く行きましょう」
こうして、謎の二人は今度こそ立ち去ったが、先生の正体を知ってレーナが……いや、トウコが驚愕する日は、そう遠くなかった。
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