怪しいバイトに手を出すしか…
ここ数日のレーナはと言えば、午前中はギルドに顔を出して、魔石を獲得できるクエストに挑み、午後はトウコの機嫌を取って、夕方に帰ってくるゼノアを急かす、という決まったリズムを繰り返していた。
「あれだけの仕事を取ってくるって豪語しておいて、まだエタ・コラプスエリアの情報一つ持って帰ってこないって、どういうことだよ! そろそろ一か月が経つぞ? 今月の家賃代はどうするんだ?? 私もトウコも金はねぇ、って分かっているよな!?」
壁際まで追いつめられ、毎日のようにレーナから厳しく追及されるゼノアだったが、彼は彼でストレスの絶頂を迎えようとしていた。いつかのように、攻撃的なゼノアが現れる。
「……あのですね!! 僕は魔石を獲得するため、ずっとエタ・コラプスエリアの情報を収集し続けているんですよ?? だけど、レーナさんは口を出すばかりで何もやっていない。たまにタラミにご飯をあげるくらいじゃないですか!!」
「ぐっ……」
確かにその通りだ。レーナが持ってくる魔石は質が悪く、今のところは何の役にも立たない。トウコの機嫌取りだって、形に見える結果につながるわけでもなく、何もしていないのと一緒なのだ。
「ほら、自覚があるでしょう!」
動揺したレーナの顔を見て、ゼノアは得意げに顎を上げて見せた。
「今、この工房で最も貢献度が低い人間はレーナさんです。偉そうにする権利はありませんよ!」
「と、トウコぉ……!」
ここまで責められる覚えはないが、言い返せない。せめて、いつも献身的に世話をしているトウコなら、何かフォローしてくれると思ったが、彼女はパソコンを睨みながら、せわしなく手を動かしている。
「なに? レーナちゃん、今は手離せないから後にしてもらえるかな」
集中しているときのトウコは、冬に吹く風よりも冷たく、レーナとゼノアのやり取りすら耳に入っていないようだ。
「やることないなら、トイレの掃除でもしたらどうです?」
ゼノアによる最後の一撃に、レーナは涙がこみ上げてきそうになった。
「だって、仕方ねぇじゃんか。ガードの役目は、コラプスエリアで活動するクリエイタを守ることなんだから!!」
「そうですよ。人には人の役目がある。支え合っているんです。それを理解せずに、他人のことを責めてばっかりでは、良い仕事なんてできませんよ!」
「わ、分かってるもん!!」
レーナは涙を堪えながら後退りする。一瞬口調が変わったことに、ゼノアが「可愛い……」と思ってしまったことなど知らず、彼に向って人差し指を突き出した。
「覚えておけよ! 私だって役に立つことを思い知らせてやるからな!!」
「いや、だから僕は……」
ゼノアが口にしかけた言葉を無視して、レーナは工房を飛び出した。当てがあるわけがない。ただ悔しさを紛らわすために走り続けたのだ。もちろん、彼女が駆けたことで突風が発生し、無関係な周辺住民に迷惑がかかった事実を知る由もなく……。
気付けば、レーナは港にいた。決して工房から海までの距離は近いわけではないのだが、ひたすら走っている間に、たどりついてしまったのだ。
「……私だって、役に立ちたい気持ちはあるんだ」
ベンチに腰掛け、海をまっすぐ見つめながら、誰にともなく呟く。すると、思いもせぬ反応があった。
「深い溜め息だね。絶望や悲しみに溢れている。嫌なことがあったのなら、僕に話してみたらどうだい?」
しゃがれた声に振り返ると、隣のベンチに白髪の男性が座っていた。
「話しかけるな、爺さん。私は今傷付いているんだ。そっとしておいて欲しい」
「爺さんとは失礼だね。これでも僕はギリギリ五十代なんだけど」
不快感を露わにするような言葉だが、彼の表情には少しも感情が出ていない。変な空気の男だ。
レーナは無視しようと決めたのだが……。
「ほら、話してごらん。こう見えて、僕は聞き上手と言われるんだ。君の心のモヤモヤも晴れるかもよ」
レーナは優しさに飢えていた。
男はただ好奇心で話しかけてきているのかもしれない。ただ若い女と遊びたいだけなのかもしれない。
が、彼の言う通り、少し話を聞いてもらうだけでも、心は癒えるはず、と思ってしまった。
「なのに、トウコのやつ私を無視して! ゼノアは私を責めるんだ!! 私に優しいのはタラミだけなんだよー!!」
「んなことないよ。僕だって君に優しくしているつもりだ。いや、優しくしてやりたいと思っている」
「……爺さん!!」
「爺さん言うな」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「そうだなぁ」
男は考える。なぜか名乗ることは避けているようだ。
「先生と呼んで。周りの人間はそう呼ぶ」
「教師なのか?」
「うーん、違うけど。それでいいや」
そこから、もう少し話を聞いてもらったのだが、先生を名乗る男は、最終的にレーナにこんな提案を出した。
「では、僕の仕事を手伝うのはどうだい? 君、ガードなんだろ? 強いなら、そこそこの金は出すよ。そうだな、百万イエールはどうだ?」
「ひゃ、百万??」
なぜ、こんなジジイがそんな大金を?
怪しいお金に違いない。いや、詐欺の可能性もある。しかし、レーナの心の中で、悪魔が囁いた。
ジジイが嘘を吐くななら、胸倉つかんで金を出させるまでのことだ、と。
「分かった、手伝ってやる。どんなバイトなんだ?」
すると、ジジイは鼻の下を伸ばして仕事の内容を説明した。
「モデルのお仕事だよ。君、美人だから良いモデルになってくれると思うんだよね」
……服を脱げと言い出したら、絶対に殴ってやろう。レーナはそう決意するのだった。
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