貴方は楽しんでますか?
「どういうことだ?」
レーナの質問に、トウコは答える。
「マミヤ夫人が教えてくれたのだけれど、ブラウンさんは音楽をやっていたみたい。クリエイティブな人間って呪いを溜め込みやすいから、けっこう質のいい魔石が必要なんだ。最低限でもB+くらいの魔石はほしいところだよねぇ」
「だとしたら、ゼノアのやつに期待だな。で、時間的な猶予はどれくらいあるんだ?」
「余裕を持って三ヵ月かなぁ」
「今回は余裕があるんだぁ」
「今までが余裕なさ過ぎただけだよ。魔石の確保から始めるとなると、どうしてもこれくらいの時間がかかるものだしね」
「なるほどなぁ。じゃあ、本当にゼノア次第だな」
二人は工房に戻って、さっそく魔石についてゼノアに相談する。
「……B+、ですか」
さっきまでは見ている方が不安になるほど前向きだったゼノアだが、それを聞くと表情が曇った。
「やっぱり難しいよね?」
トウコが確認すると、ゼノアは苦みに耐えるような表情で数秒固まったが、不安を振り切るように立ち上がる。
「いえ、任せてください。必ず上質な魔石が取れるエタ・コラプスエリアを見つけてきます!」
そして、工房を飛び出して行ってしまった。その背中を見送ったトウコは感心する。
「凄いやる気だねぇ」
「あれだけ大見得を切ったんだ。それなりの成果を出してもらわないとな」
「だね。やれることないし、私はシアタ現象の構成でも固めておこうかな」
トウコは作業スペースに用意された自分の椅子に座り、パソコンを前にして作業を始める。そうなってしまうと、レーナこそ暇をもてあそぶしかない。
「なぁ、さっきの話だけど、なんでクリエティブな人間は呪いを溜めやすいんだ?」
やることもないので、ちょっとした疑問を投げかけると、トウコはキーボードを叩きながら答えた。
「うーん? そりゃ、芸術を通して自分を表現したいのに、何一つ上手くいかないからだよ」
「好きなことをやっているのに?」
「そうそう。好きだからこそ、憎さ百倍みたいな感じかなぁ。情熱を注いで、努力してさ、自分の好きを形にするんだけど、それが誰からも評価されないんだよ? 嫌にもなるよ」
「よく分かんねえ」
「普通なら日々のストレスを好きなことで解消するんだけど、そうはいかないの。自分の好きが否定されてしまう。それは自分そのものが否定されてしまうのと同じなんだよ。それだけならまだしも、誰かと比べてしまったら、もっと地獄。もしくは違う道を選んだ自分と比べてしまうんだよね」
気付くと、トウコの目から色が失われている。
「いや、そうじゃないかも。こんなものを好きにならなかった、自由な自分の姿を想像してしまうんだ。何も知らないままの自分の方が、幸せだったんじゃないか。そんなことを思い始めたら――」
「もういい」
レーナは話を遮る。まるで、トウコは意識もないのに、体から言葉が流れ出しているようだったから。何かに飲まれてしまう。そんな妙な危うさを感じたのだ。
「トウコ」
「ん?」
「お前はあまり考えすぎるなよ。好きなことを、好きなようにやれ。分かったな?」
いつも通り、のんびりした口調で彼女は答える。
「やっているつもりだよー。それに、こうやってレーナちゃんとゼノアくんに助けてもらいながら、自由にメヂアを作れるなんて、もう最高に幸せ者なんだからさー」
「……そうか。なら良いけどよ」
しかし、二時間も経つと……。
「もうダメだ……。私なんて死んだ方が良いんだ」
項垂れたトウコは呪いの言葉を呟き始めた。
「作れる気がしない。ああ、もう才能なんてないんだ。タラミに会いたいよ。会いたいよう……!!」
「ぜんぜん幸せ者じゃねぇじゃん!」
「幸せなわけないよ!!」
ガタンッと立ち上がると、トウコは甘える子どものようにレーナに抱き着く。
「あーん!! レーナちゃん、何かアイディアをちょうだいよ!! 私のイメージなんて平凡でオリジナリティもなくて面白みもないんだから! こんなシアタ現象じゃ誰も評価してくれないよう!!」
「分かった、分かったから!!」
トウコが泣き止むまで十分ほどの時間を費やし、それ以上の成果は得られそうになかったので、二人は帰ることにした。その翌日、二人が期待していたゼノアによる魔石の情報だが……。
「ダメでした。ぜんぜん情報が入ってきません。このままじゃあ……魔石すら手に入らないまま、家賃も払えず、ウィスティリア魔石工房は潰れることになってしまいます!!」
この日も、トウコは一日中アイディアが出ることなく愚図るばかりで、ゼノアは外出したきり帰ってこなかった。
そんな中、レーナの仕事と言えば、魔王から送られてきた胡蝶蘭を受け取るくらいのものだった……。
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