引きこもりの息子
「三十になる息子が引きこもりになってしまったんです」
依頼人の女性……マミヤ夫人は、ウィスティリア魔石工房のホームページを見てやってきたと言う。どうやら、近所に住んでいるらしく、すぐに足を運べるという理由で選んでもらえたらしい。
「自由に育ててきました。真面目な職に就いた両親と違って、個性を伸ばす生き方を選んでほしいと思ったのです。それが……」
聞いたところによると、マミヤ夫妻は二人とも教師ということだ。それなりの収入があったため、子どもには自分たちには選べなかった、自由な人生を送ってほしいと育てたのだとか。それが……。
「まさか引きこもりになるなんて! 今はまだいいですよ?? でも、私たちが働けない年齢になったらどうすれば……!!」
おいおいと泣きだすマミヤ夫人。
「えっと……。で、息子さんは今どんな状態なのですか?」
「はい。近所の僧侶に見てもらったのですが、だいぶ呪いがたまっているから、このままではコア・デプレッシャになってこの地区を汚染してしまうだろう、と」
「なるほどなるほど」
少し離れた場所で、ゼノアはレーナに質問する。
「これって、魔石工房の仕事なんですか? コア・デプレッシャになる前なら何もできないと思うのですが」
「お前なぁ、それでよく魔石工房で働こうと思ったよな」
「そういうのは良いですから、教えてくださいよ」
ゼノアはレーナの皮肉はスルーする。彼女が本質的には善人であることを認識しつつあるからだ。実際に、レーナは丁寧に説明した。
「人間は負の感情を溜め込むと、体の中で呪いを作り出して、最終的に自分をコア・デプレッシャになってしまう。コア・デプレッシャになったら周辺に呪いを振り撒いて、土地をコラプスエリアに変え、そこに住む人々をデプレッシャする。それは分かるよな?」
「はい。で、メヂアの役割は、汚染されたエリアの浄化でしょ?」
「そうだけど違う。もう少し厳密に言うと、メヂアは呪いを吸い取って汚染を浄化する。で、その呪いをシアタ現象に昇華しつつ、コア・デプレッシャの精神に刺激を与え、普通の人間に戻すんだ」
「……なるほど。呪いを吸い取る機能があるから、コア・デプレッシャ化する前にメヂアを使用できる、ということですね??」
「そう。工房の仕事は、コラプスエリアが発生する前に依頼を受けることの方が多いみたいだぞ」
二人がそんな会話をしている間に、トウコとマミヤ夫人の話はまとまったらしい。
「では、息子さんの様子を見させてください。呪いの量によって必要な魔石の質も変わってきますので!」
と、言うわけで、ゼノアが留守番として残り、レーナとトウコはマミヤ邸へ向かうことになった。
マミヤ夫人の息子……ブラウン・マミヤは二階にある自分の部屋から出てくる様子はなかった。
「ブラウン。ブラウン!」
どんなにマミヤ夫人が呼んでも返事がない。
「数か月前までは、ちゃんと返事があったんです。それが、少しずつ口数が減って、最近は食べる量も……」
「確かに、それはコア・デプレッシャになる前触れと言えますね」
メガネを輝かせながら、専門家らしい振る舞いを見せるトウコ。
「ブラウン、入るわよー!」
マミヤ夫人がドアを開けると、散らかった部屋の奥にブラウンの背中が見えた。
「ブラウン!」
「……ああ、母さん。どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ。昨日の夜、話したじゃない。クリエイタの方に見てもらいましょうって」
「……そうだっけ」
若干ではあるが、反応が遅い。まるで、耳から入った音を認識するまで時間がかかるかのように。ブラウンはやや痩せている以外は普通の男だった。特徴と言えば、栗色の髪。かつては染めていたのか、毛先だけが金色だ。
「どうですか?」
「……とりあえず、部屋を出ましょう」
マミヤ夫人に意見を求められたが、トウコは短く答える。ただ、分かったことはたくさんあった。何よりも気になることは、部屋の中に楽器がいくつか見られたこと。
「そういう系の人は、なかなか厄介なんだよねぇ」
マミヤ邸を後にしてから、トウコは呟くのだった。
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