オフィス開設
「お二人とも、こんにちは」
スーツ姿の男が深々と頭を下げる。二人はその人物を見て、萎んでいく期待に大きな溜め息を漏らすのだった。
「なんだよ、お前かよ」
「もうメヂアはないからね?」
あからさまに落ち込む二人に、訪問者は気まずそうな笑みを浮かべる。
「すみませんね、がっかりさせてしまって。でも、今日は営業でもなく、依頼ではなく、別のお願いがあってきました」
「どうしたの、ゼノアくん。うちにお金はないよ」
「トウコ、それは誰も期待してねぇよ」
そう、訪問者は先日の依頼人である、ゼノア・ミタカだった。そして、彼のお願いとやらは……。
「僕をウィスティリア魔石工房の社員にしてください!!」
「「……はぁ?」」
二人の混乱が重なる。あまりに突飛なお願いだったため、二人の意識は宇宙まで吹き飛んでしまいそうだったが、何とか冷静を取り戻した。
「いやいやいや、うちの工房がどんな状況か分かっているよね??」
「もちろんです。だからこそ、僕はここで働きたい。トウコさんを有名クリエイタとして世に売り出すためにも、この工房を軌道に乗せてみますよ!!」
「でも、お前……会社はどうするんだよ?」
何となく返事は分かっていたが、レーナは念のため尋ねてみると、ゼノアはどこか自信に満ちた顔で答えた。
「もちろん、クビになりました! 勝手にノノアモデルの魔石を名のないクリエイタに売ったんですから、当然ですよね! 会社から魔石代を請求されているので、これも何とかしなければならないのですよ!」
何もかも吹っ切ったように笑うゼノアだが、トウコは呆然と呟く。
「うちは失業者の受け入れ先じゃないのになぁ……」
「おい、私までお前に泣きついたみたいな言い方するなよ」
とは言え、事実である。ゼノアは両拳を握って、それを見せつけるようにして二人に熱弁する。
「僕も後戻りはできません。仕事はないし、家賃の支払いもやばい。だから、本気でやりますよ。そうだ、宣言します。来月、このウィスティリア魔石工房に一件の依頼がくるよう、僕が何とかします。そのためにも、まずはオフィスを移転しましょう。お金は僕が何とかします」
「何とかしますって……」
既に借金を抱えている男に、そんなことを言われても説得力がない。
「それより、メルカはどうなったんだ?? まさか、あの女を養うためにも、ここで全力で働くってわけか? いくら何でも、それはハードだと思うぞ? なぁ、トウコ」
「反論したいところだけど、その通りだよ。うちが稼げる未来なんて正直描けないから、他を当たった方がいいと思うけどなぁ」
「……メルカちゃんは失踪しました」
「「はぁ!?」」
再び二人の混乱が重なる。が、ゼノアは落ち込んでいるわけでもないようだ。
「それはいいんです。彼女には彼女の人生があるんですから! それより、僕はトウコさんの才能に惚れたんです。この才能を世に広めなければ、世界にとって大きな損失です。こんな才能あふれた人間を、まだ誰も知らないなんて!」
トウコの表情が電気のスイッチを入れたように明るくなる。
「そ、そうかなぁ?」
「そうですよ! なのに、二人はこんな狭いマンションの一室で細々とメヂアづくりに勤しんでいる。キリがないですよ! 営業から経理、マーケティングまで、全部僕に任せてください! トウコさんのメヂアは確かなものなんだから、一気に広めて見せます!!」
「本当? 本当かなぁ?? だったら、全部ゼノアくんに任せちゃうのも悪くないのかも」
トウコは夢見る少女のように両手を組んで、ゼノアの今後に大きく期待し始めている。
「おい、トウコ。せめて、こいつの実績を知ってからにしろよ。まずは面接だ!」
「いやいや、レーナちゃん。こんな小さい魔石工房で働きたいなんて言う人、今後出てこないかもしれないよ! ここは賭けよう……!!」
「ま、マジかよ……」
顔面を引きつらせるレーナだが、ゼノアが寄ってきて耳打ちする。
「レーナさん、不安なのは分かりますが、絶対に僕がいた方が便利ですよ。だって、トウコさんって、事務的な手続きとか後回しにして、ひどい目に合うタイプでしょ?」
「なぜ知っている??」
その通りだった。創作に没頭してしまうため、国からの通知、光熱費の支払いすら、まともに管理できないトウコに、レーナも手を焼いていたのである。かといって、レーナも細かいタイプではない。マメで数字に強い人間がいれば……と思っていたのは確かなのだ。
「いやいや、あの仕事っぷりを見ていたら、誰でも想像つきますよ。工房が大きくなればなるほど、そういう手続きは増えるはず。だったら」
ゼノアは大きく頷く。
「僕みたいな人間が必要なはずですよ。安心してください。二人の工房を……絶対に大きくして見せますから!」
妙に自信たっぷりなゼノアと、妙にやる気を出してしまったトウコ。二人を見て、レーナは不安に頭を抱えるしかなかった……。
しかし、二週間後……。三人は王都の中でもそこそこ賑やかな駅の近くに、オフィスを構えることになる。そして、引っ越しを終えたとき、ゼノアは完全に血走った目で、二人に言った。
「さぁ、これで後戻りはできません。前進あるのみです!!」
移転にかかった費用と月々の家賃を見て、青ざめたトウコはレーナに尋ねた。
「ねぇ、レーナちゃん。……私たち、本当に大丈夫かな?」
レーナは何も答えず、ただゆっくりと目を閉じるだけで、トウコの不安をさらに煽るのだった。
そんな慌ただしいウィスティリア魔石工房の前に、暗い影が迫りつつあった。
「ここがレーナ・シシザカの務める魔石工房か?」
「ははっ、さようでございます。魔王様!」
―― 続く ――
第1章の第2話はここまでです。いかがでしたでしょうか。
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