女の子のパンチで
「じゃあ、行きますねー!」
レーナは拳を突き上げ、周りを盛り上げると、シュンも腹筋を見せびらかせた。
「オッケー! カモンカモンカモーンッ!!」
(さて、こいつがギリギリ耐えるか耐えられないかのパンチは……)
踊るように腹筋をうねらせるシュンの正面で、レーナは殺さない程度の力加減を調整する。
「えーいっ!」
可愛らしい掛け声と共に放たれたボディストレート。傍から見れば、普通の女子が戯れに放ったパンチでしかない。しかし、それを受けた当の本人は……。
「うぐぉっつ!!」
堪らず蹲るしかなかった。
「おい、シュンー! そういう演技ウケないから!」
「マジでシュン先輩の腹筋芸はいつ見ても最高ですね!」
ホストたちが盛り上げる中、レーナは慌てるふりを見せた。
「えええ、大丈夫ですかー??」
そして、脂汗にまみれるシュンの横に屈み、彼だけに聞こえるよう囁くのだった。
「おい、お前。えげつないやり方で女から金取っているみたいだなぁ。次に噂聞いたら、どこぞのゴリラ女からさらに強い一発をもらうことになるぞ。分かったか? 理解したなら頷け」
シュンは吐く寸前だったが、必死に耐える。ここで女のパンチに耐えられなかったら、これまで積み上げてきた腹筋キャラが崩壊してしまう。そのプライドだけで、何とか耐えて、二度とこんな目に合うまいと頷いた。
「よーし、分かったなら立て。立って大丈夫って言いながら皆の前で、その腹筋を見せてやるんだ」
「う、うぐぐっ……」
震えながら、シュンは立った。
「お……オッケー!! 俺の腹筋、やばくなーい!?」
周囲は笑いに包まれた。
「女のパンチなんだから当然だろー!」
「シュン先輩の腹筋やばすぎー!」
「レーナちゃんも最高ー!」
レーナは拍手に応えて手を振ったが、シュンは耐えられず、その場から立ち去った。どうやら、トイレに駆け込んだらしい。
「ふん、アホな男が」
レーナの呟きは、ホストたちには聞こえなかった。が、その後のシュンは腹筋を自慢することはなくなり、個性のないホストとして売れない日々を続けたと言う。
「そんな活躍をしてたんだねー」
話を聞き終えたトウコは呆然としながら、レーナのパンチを受けたシュンとかいうホストに同情する。きっと、半月はまともに食べられないだろう。
「これでゼノアとメルカに金が戻ってくるわけじゃねぇけどな。ま、私の自己満だ。ムカつくやつは殴る。それで良いだろ」
「良くないけど……良いことかもね!」
満足そうなレーナを見て、トウコは少しだけ羨ましく感じる。
「私もレーナちゃんみたいに世直しできたらなぁ」
「なんだよ、世直しって。お前にはメヂアがあるだろ。あの二人の心を救ったのは、間違いなくお前なんだから……」
「救った、か……」
少しくらいは喜ぶだろう。レーナにしてみれば、そんな気持ちでかけた言葉だったのだが、トウコはなぜか寂し気な笑みを浮かべるだけだった。
「……そろそろ、ポイント入ってたりしないかな?」
落ち込んでいるかと思ったら、HNアーカイブの評価のことを考えたらしい。
「あまり期待するなよ」
結局、トウコはどこまで行ってもメヂアのことで頭がいっぱいなのだ。レーナは呆れつつも、それを眩く思いながら、彼女の行動を促す。
「分かっているよ!」
そう返事しながらも、期待にあふれた表情を浮かべながら、スマホでHNアーカイブにアクセスする。さて、次はどうやって慰めるか。そう考えるレーナだったが……。
「レーナちゃん! 入ってる! ポイント、入っているよ!!」
「ほ、本当か?」
トウコが見せてくる画面。そこには、ウィスティリア魔石工房のシアタ現象に対する評価が表示されている。
「……10ポイント!」
「誰かが満点を入れてくれたんだよ!!」
たった一人の満点評価。HNアーカイブでは、何千何万という人間から満点ポイントを入れられるクリエイタも存在する。つまり、これだけのポイントが入っただけでは、底辺クリエイタであることには変わらないのだが……。
「……よっしゃ! じゃあ、今夜は私が良いもん食わせてやる」
「やったー! 意外に家庭的なレーナちゃんの手作り料理!!」
二人にとっては、大きな進歩だった。そこからも貧乏生活が待っていると思われた二人だったが……ウィスティリア魔石工房にある人物が訪ねてくるのだった。そして、二人の生活はまた少し変わっていくのである。
ピンポーンッ。
「もしかして……お客さんかな!?」
「この前のシアタ現象が誰かの目に止まったんじゃないか!?」
二人は競うように玄関へ向かう。そして、扉を開けた向こうには……。
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