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◆シアタ現象

「トウコさん、ぜんぜん動かなくなっちゃいましたけど、本当に大丈夫なんでしょうか??」


「うるせぇな。黙って待ってろ」


 目を覚ますと、レーナちゃんとゼノアくんが言い合う声が聞こえてきた。まったく、この二人は……時間さえあれば会話が弾んでしまうんだから。



「終わったよ。ダイブ成功」



 二人が振り返る。ゼノアくんに関しては相当心配してくれたのか、涙目だった。いや、私のことじゃなくて、メルカちゃんのことが心配だったんだよね。うん、分かっているよ。


「それじゃあ、最終調整を始めるね」



 私は背負っていたリュックからノートパソコンを取り出し、コードをつないで、メヂアの最終調整を始めた。キーボードを叩きつつも、近くを歩き回るゼノアくんが気になってしまい、目が合ってしまった。


「ゼノアくん、メルカちゃんが戻ってきたら、優しくしてあげてね」


 ダイブ中に触れた、メルカちゃんのことを思い出し、つい余計なことを口走ると、彼は目を丸くする。



「彼女がデプレッシャになった原因、分かったのですか??」


「……聞きたくなっちゃった?」



 確認すると、彼は口を開きかけてから、ぐっと気持ちを堪えたみたいだった。


「大丈夫です。本人から聞くと決めたので」


 心変わりしないってところは、本当に偉いなぁ。でも、実際のところ、方向性さえ間違えなければ、ゼノアくんは良い子なんだろうね。



 そうこうしているうちに、準備が完了したので、ノートパソコンからメヂアを引き抜き、私は振り返った。


「さぁ、シアタ現象を始めるよ」


 二人が頷くと同時に、私はメヂアに魔力を注いだ。すると、メヂアが反応を見せて、ゆっくり浮遊して行く。真っ暗な夜空に向かって、上昇するメヂアだったが、何とか目で捉えられる距離でぴたりと止まると、ふわりと光を放ち始めた。


 同時に、足元に違和感が生じる。大地に広がる呪いを、メヂアが吸い込み始めたのだ。それは、静まり返った闇夜の中、雪が地面から空へ浮かび上がるみたいで、本来ならあり得ない幻想的な光景だ。


「綺麗ですね……」


 ゼノアくんが空を見上げながら呟く。そうだろうそうだろう? と思わず笑みを零していると、なぜかレーナちゃんが誇らしげに頷いていた。



「ばーか、本番はこれからだぞ」


「し、知ってますよ!」



 沈黙をたっぷりと堪能すると、メヂアが放つ光が強まる。シアタ現象が始まるのだ。


 上手く映るだろうか。気になるところだけど、二人の反応も気になって、どっちを見ればいいのか分からなくなっていた。


 あー、もう!

 ここはちゃんとシアタ現象の出来を確かめよう!


 夜空に浮かび上がる白いキャンパス。私はそれを凝視した。






 そこには一人の少女が立っていた。

 彼女の傍らにあるのは、一体の人形だけ。彼女が成長しても、それは変わらず、傍らにあるのは人形だけだ。


 この人形は自分自身だ。ここには、自分しかいない。


 彼女がそう悟ったとき、人形は黒い闇となって、彼女を埋め尽くそうとした。彼女の心を染める。黒く塗り潰してしまう。


 もうダメだ。どこにも逃げ場はない。


 絶望を表情に浮かべる方法すら知らない彼女は、そのまま闇に溶けると思われた。しかし……。



 ――大丈夫。君を愛している。



 彼女の耳元で囁きがあった。そして、体を包み込む温もりが。光のような、温もり。これは何だろうか。



 ――助けて。



 彼女は零すように呟いた。この温もりに身を委ねてみよう。助けてほしいって、傍にいてほしいって、心を許して良いのかもしれない。



 ――最初から、それで良かったんだ。



 そう答えたのは、誰だったのか。自分自身の言葉だったような気もする。きっとその通りで、何もかも投げ出してしまえば、楽になれるはずだ。すべてを任せて、眠りについてしまえば。


 しかし、それなのに……彼女はその温もりを受け入れられなかった。信じられなかったわけではない。ただ、触れてしまった瞬間、それは求めているものと違う、と。そんな気がしただけなのだ。それでも、温もりは一本の柱となって、彼女の心を灯した。



 ――また、孤独を感じるかもしれない。



 問いかけに、彼女は頷く。



 ――平気だよ。



 前に向かって進み出す。今まで踏み出すことすらできなかった。先は何も見えなくて、怖かったから。


 でも、今は違う。道が見えた。頼りなくて、すぐにでも閉ざされてしまいそうな、狭い道だけど、ほんの少し先が見える。



 ――だから、ありがとう。



 心の中にある無機質な柱。それが灯す光が、彼女の行く先を照らしている。一歩か二歩か、そんな先しか見えない光だが、十分だった。



 ―― この光があれば、きっと一人でも歩いて行けるから。



 わずかな光を頼りに、彼女は立ち去って行った。


 彼女に柱を与えた人物は、一人残って、闇の中に佇む。彼女の背中が見えなくなるまで、見えなくなっても、その背中を見送り続けた。



 ――いつかこの気持ちは尽きてしまうかもしれない。それでも、君の傍に残り続けるなら。



 希望を持って、未来へ進む彼女の姿を思い描きながら、彼は暗闇の中で瞳を閉じるのだった。

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