◆メルカ③
仕事は最初こそ良かった。男の人に気に入られ、タイミングを見計らって「困ったことがある」と切り出せば、お金をもらえる。しかも、そこそこの大金だ。それで私はシュンに会える。だけど、私は人を騙しているのではないか。
「俺の腹筋やばくね!?」
そんな不安はシュンの腹筋を見てしまえば、どうでもよくなる。これでいい。このままのサイクルを続けられるところまで続けてみよう。そう思っていたのに、この稼ぎ方はある日突然、世の中で広く知られてしまい、私の仕事は一気に減ってしまった。
「ねぇ、シュン。どうしよう、お金ない。もうシュンの腹筋も見れないかも」
いつものようにシュンに相談すると、やはりいつものように彼はシャツを脱ぎ捨てた。
「それより、俺の腹筋……やばくね!?」
「うん、やばいよ。やばいけどさ、お金なくなったら、シュンの腹筋も見れなくなっちゃうんだって」
「いやいや、それより俺の腹筋見ろって」
「見てるってば。見てるけどさ。本当にお金ないんだよ」
もしかしたら、別の稼ぎ方を教えてもらえるかも。そんな考えがあって、私はしつこくシュンに相談した。すると、彼は今まで見せたことのない表情を見せるのだった。
「……うるせーな」
「え?」
「俺の腹筋が見てーなら、金持って来いよ」
「シュン……?」
「どんな手段使ってでも、金を持ってこい。そうじゃないと、腹筋は見せないからな?」
「嫌だ。そんなの嫌だよ。お願いだよ、シュン。私を捨てないで。また腹筋見せてよ」
「だったら金だ。分かったな?」
「……うん」
それから、私は必死に働いた。誰を騙しても良い。シュンの腹筋を見れれば。しかし、私の話を聞いてくれる人は、いつの間にかいなくなっていた。ただ、一人を除いては……。
「家賃……払えてないの? 分かった、僕が用意するよ」
ミタカさんは……バカだった。
あれだけニュースで取り上げられているのに、私に騙され続けられているのだから。
「ねぇ、どうしてゼノくんはメルカに優しいの?」
ある日、半分の罪悪感と半分の恐怖を抱きながら、彼に聞いてみた。すると、彼は照れくさそうに微笑みながら、答えてくれた。
「僕、両親を事故で亡くして、何も分からないまま、仕事欲しさに都会まで出てきたんだ。本当に仕事が忙しくてさ、楽しいこともなくて……このままデプレッシャになるんじゃないか、って思っていたら、君に出会ったんだ。君と出会ってからは、本当に楽しかった。世界が変わったんだよ。だから、メルカちゃんは僕の恩人なんだ」
……彼は私と同じだった。
孤独の中、初めてほのかな明かりを見つける。それが、たまたま私だったというだけのこと。こんな人から、お金は取りたくない。
「早く金持って来いよ」
それなのに、シュンは私を責めた。
「お前、俺のおかげで人生やれている、って言ってたよな? じゃあ、なんで金持ってこないんだよ。嘘だったのか?」
「違うの。最近、仕事が入らなくて……。もう少し待って。お願いだから」
「なんだよ、金ないのかよ。だったら、お前に生きている価値なくね? マジでいらねーかも、お前みたいな女」
あ、捨てられる。
そう思うと、条件反射的に恐怖がこみあげてきた。
馬鹿な私も、このときは既に分かっていた。シュンは私からお金を少しでも巻き上げたいだけ。腹筋に比べたら、本当にどうでもいい存在だったのだ、と。
「お願い。捨てないで。すぐにお金持ってくるから!」
それでも、捨てられることが怖かった。傍にいても良いって、言ってほしかった。
「君は生きているだけで素敵だよ」
ミタカさんは私にそんな言葉をかけてくれる。どうしてだろう。この人と一緒にいたら、この人と一緒に支え合えれば、私はもう少し楽に生きられるのかもしれない。
それなのに、私はこの人と離れた瞬間、すぐにシュンのことを考えている。どうすればシュンに会えるのか。どうすればシュンが笑ってくれるのか。そんなことを考えている……。
きっと、私にとって本当に愛すべき存在は、自分に優しくしてくれるミタカさんなのだろう。でも、彼を愛する自信がない。愛してみようという、意識が湧いてこない。ただ、シュンに捨てられなくないという気持ちだけが、残り続けている。
「本当に最低だ……」
狭い部屋で一人呟く。ミタカさんにもらったお金も、全部使ってしまった。今頃、その何割かはシュンの給料として支払われているかもしれない。
彼は少しでも私に感謝してくれるだろうか。必要な女だったと感じてくれているだろうか。やめておけばいいのに、私はシュンに電話していた。もちろん、応答はない。
「必要とされていないんだ。捨てられたんだ……」
ふと外を見ると、雪が降っていた。おかしいな、そんな時期じゃないのに。いや、そうじゃない。部屋の中に雪が降っているのだ。
そうか、これがデプレッシャになるってことだ。
最後に、最後に……お礼を言わないと。私はミタカさんに電話をかける。
「……ゼノくん、今までありがとうね」
彼の言葉は聞かず、電話を切った。いつの間にか、部屋の中まで真っ白に染まっている。
良かった。これで楽になれるかも。
私はそっと目を閉じて、降り積もる雪の音に耳を澄ませた。
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