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◆メルカ②

 とても煌びやかな空間。自分の仕事場以外にも、こんな場所があるのだ、と驚いた。つまり、私は分かっているようで分かっていなかったのだ。彼らもまた仕事で人と接していることを。


「この子、ちょっと仕事で失敗してさぁ。話聞いてあげてよ」


 同僚が座るように言った、その席の隣にシュンがいた。


「疲れているの? 嫌なことがあったなら、何でも聞くよ」



 シュンは落ち着いた笑顔を見せた。歳が近い男に、そんな風に言われたのは初めてだったので、どんな調子で話せばいいのか、本当に分からず、私は恐る恐る自分の身に降りかかった出来事を説明した。


「それで……店長に怒られちゃったんです」


 すべて話し終えたつもりだったが、シュンは微笑んで二度頷くだけで、何も言わなかった。もっと話した方が良いのだろうか。

 そう思うと、私が怒られた理由は、別にある気がして、なぜ自分が今の仕事を始めたのか説明するべきかもしれないと考えた。



「だから、前の仕事をやめたんです。上手く周りに溶け込めなかった、私が悪かったのかもしれないですけどね」


 すべて話し終えたつもりだったが、またもシュンは微笑んで二度頷くだけで、何も言わない。もっと話せ。お前の底にあるものは、それだけじゃない。そんな風に言われているみたいだった。


「もとはと言えば、施設の生活が原因だったのかもしれません」



 私はまた自分の人生を遡って話していた。ある程度話したつもりが、シュンはまた頷くだけ。私はさらに遡る。


「最初におかしいと思ったのは、私はまだ子どもで、お母さんはずっと優しい存在なんだって、勘違いしているときのことでした」


 そこまで遡って、私は涙が止まらなかった。同僚は、他の男と楽しそうに話している。他の誰もが私に興味を持っていないようだったが、シュンだけはただ黙って話を聞いてくれた。


「そう……私、誰からも愛されたことがないんだ」



 勝手に私は結論にたどり着く。愛されないことくらいで。そんな風に思っていたけれど、人生を振り返ってみると、そこに原因がある気がしたのだ。今度こそ、話し終えたと思ってシュンを見ると、彼は今までと違った表情を見せている。


「なるほどねぇ……」


 やっぱり、反応は薄い。つまらない話だったから、仕方がないだろう。そう思ったのだが……。


「けどさ! そんなことより……」


 彼は急に立ち上がると、上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し始める。何が起こるのだろうか、と固まっていると、彼はバッとシャツを脱ぎ捨て、上裸の状態で叫ぶのだった。



「俺の腹筋やばくね!?」


「……はい?」


「ほら、やばくねーーー!?」



 彼は綺麗に割れた六つの腹筋を見せつけると、一つずつピクピクッと動かして見せた。



「こんなに動くよ? やばくない? こんなに動くってやばくなーい!?」


「出た! シュンの腹筋出たよ!!」



 言葉を失う私だったが、周りは異様に盛り上がった。キラキラした光の中、異様に動く腹筋。それを見ていると、なんだかよく分からなくて、そもそも意味とか理解する必要があるのかって不思議に思えて……。


 最終的には、私も笑っていた。

 ああ、全部どうでもいいことなんだ。孤独とか捨てられるとか、私が空っぽってことも、シュンの腹筋に比べたら、何もかもどうでもいい。


「やばい! シュンの腹筋、やばいよ!!」


 私は笑っていた。久しぶりに……もしかしたら、初めて心の底から笑った。楽しい。生きていて、楽しいと思った最初の瞬間だ。



 それからも、私は仕事で嫌なことがあれば、シュンのところへ行った。


「そんなことより……俺の腹筋やばくね!?」


 彼がシャツを脱ぎ捨て、腹筋を動かすと、私の疲れはぶっ飛んでしまう。


「ねぇねぇ、シュン。うざい客がいるから、仕事やめちゃおうかなって迷っているんだけど、シュンはどう思う?」


 例に太客が、どういうつもりか、私を指名するにも関わらず、つらい態度を取り続けるので、私はシュンに相談した。すると、彼の答えはいつも通りだった。


「仕事ー? どうでもいいでしょ。そんなことより……俺の腹筋でしょ!!」


 私は仕事をやめた。きっと、何とかなる。苦しくても、シュンの腹筋に比べたら、どうでもいいことだから。



 私はシュンの腹筋のためだけに生きた。つらいことがあっても、苦しいことがあっても、嫌なことを思い出したって、自分が一人だって気付いたって、シュンの腹筋を見ると、楽しくなれたから。しかし、お金はあっという間に尽きた。



「ねぇ、シュン。そろそろお金なくなりそう。どうしたら良いかなぁ?」


「えー、そうだなぁ」



 きっと、腹筋を見せてくれる。お金がなくなっても、どうでも良いって思わせてくれるくらいの、あのやばい腹筋を。しかし、このときばかりは、いつもと違う反応が返ってきた。



「じゃあ、良い稼ぎ方を教えてあげるよ。興味ある?」



 シュンが教えてくれた稼ぎ方は、男性と会って親しくなり、たまにお金が欲しいと言うだけで、大金を貰えるというものだ。


 しかし、後にこの稼ぎ方は世の中に広く知られてしまい、問題になってしまうのだった。

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