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◆メルカ①

 最初におかしいと思ったのは、まだ私は子どもで、お母さんはずっと優しい存在なんだって、勘違いしていたときのことだ。


「もう嫌だ……」


 深い溜め息とお母さんの呟き。背中が向けられていたので、表情は見えなかったけど、畳んでいた洗濯物を捨てるように放り投げた動作が、今も忘れられない。


「夕飯、自分で用意しなさいよ」


 それから、たぶん一年は経ったと思う。お母さんは少しずつ笑わなくなって、私の面倒を見なくなった。


 どうして、そんなことを言うのだろう。


 最初は戸惑い、ただ泣いて、気に入られようと必死になった。それでも、お母さんは笑わない。私を認めてはくれなかった。いや、許してくれなかったのだ。


「あんたが生まれなければ、私は幸せだったんだ」


 その言葉を聞いたときは、びっくりした。嘘だと思った。まだ、何とかなると思っていた。それなのに、お母さんがいなくなって、自分が捨てられたのだと、少しずつ気付くのだった。





「今日から、ここが貴方の家だからね」


 死にぞこないの状態で発見され、すぐに自分と似たような子どもたちと一緒に住むことになった。だけど、そこは窮屈で仕方がなかった、という記憶しかない。


 たぶん、みんな……今度こそ大人に捨てられまいと必死だったからかもしれない。施設の生活を続けて思った。


 自分に愛すべき存在ができたら、しっかりと愛そう。そうしなければ、こんな悲しい人間が、次々と生まれてしまうのだから、と。


「今日から、ここが私の家だ」


 二十歳になって、すぐ自立した。

 施設の大人たちのサポートのおかげで、仕事もありつけたし、家賃の安い部屋もすぐに見つけられたから。だけど、何もなかった。狭い部屋が一つあるだけ。それが私のすべてだった。


「好きなものとか、将来の夢とかないの?」


 同年代の人間に問われて、酷く戸惑った。普通はあるらしい。好きなもの、将来の夢。そうか、普通の人はただ生きているだけじゃないんだ。


 自分がどれだけ空虚な存在なのか、すぐに理解したが、それでも同じ世代の人間より、少しだけ得意なものがあることに気付く。


「えー、分からないです。部長、教えてくださいよぉー」


 身近な大人の機嫌を取ることだ。少し声を高く、ゆっくり喋る。凄いですね。教えてください。こんなの初めてです。その辺りの言葉を使えば、大人は皆喜んだ。しかし、私は聞いてしまう。同僚の悪口を。



「なんか、サトーさん見てて苛々するの、私だけ?」


「ああ、サトー・フミカね。媚び売りすぎなんだよねぇ」


「頭悪いから、そういう生き方しかできないんでしょ」



 その通りだ。とどめの一言はこれ。


「なんか愛されたことなさそう」


 そうなのだ。私は愛されたことがない。誰かの重荷でしかなかった。やっと、生きるための場所だと思っていた仕事場も、同僚達にしてみると、迷惑な存在でしかなかったのだから。



「ねぇねぇねぇ、良い仕事あるんだけど、やってみない?」


 深夜のキブカ区を歩いていたら、軽そうな男に声をかけられた。


「簡単な仕事だけど、いっぱい稼げるよ? どうかな、君可愛いし、すぐに人気出ると思うんだよねぇ」



 仕事もやめたばかりだったから、何でもよかった。生きる術を、居場所を用意してくれるなら、何でも。ただ、どうにでもなれって思って、軽そうな男が言う仕事を始めてみたのだけれど、彼の言う通りで私は才能があったらしく、それなりに稼げるようになった。



「すごいね、サトーさん。これだけの短期間でトップレベルに成長するなんて」


「本当ですかー? でも、分からないことだけなので、今度教えてくださいよぉ」



 順調だった。太客もできて、いつまで続けられるか分からないけれど、当分は安心できるかもしれない。そう思っていたのに、私の生活は張りぼての船みたいなもので、少し風が吹けば簡単に崩壊してしまった。


「なんだその態度は!」


 太客を怒らせてしまったのだ。

 その日は、本当に疲れていた。若いうちに、稼げるうちに、誰かに捨てられないうちに、とにかく頑張ろうと仕事に入りすぎたせいで、上手く立ち回れなかったのだと思う。


 もっと近くに寄れ。太客が腰を手を回してきたとき、ぬるい体温と嫌な匂いを、全力で拒否してしまったのだ。疲れていなければ、もっと上手くできはずなのに。


「ふざけるな。私がどれだけこの店に金を落としていると思っているんだ。店長を呼べ!」


 何とか店長が納めてくれたけど、その日は叱られた。



「サトーちゃんね、君は腕があるけど、たまに態度悪いよ」


「すみません……」


「ほら、今もそう。口だけは謝っているけど、本心で思ってないでしょ。あのね、代わりはいくらでもいるんだよ。あまり胡坐かかれても困るの。分かる?」


「すみません。本当に反省するので、捨てないでください!」



 このままだと、また捨てられてしまう。落ち込む私を見て、同僚が声をかけてくれた。



「サトーちゃん、あんたには愛が足りてないよ?」


「愛?」


「そう、男からの愛。良いところ知ってるから、ちょっと付き合ってよ」



 そして、同僚が連れて行ってくれたところが、ホストクラブだった。そして、私はシュンに出会う。

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