だからもう一度
ゼノアは覚悟を決めた。槍を強く握りしめ、物影から飛び出すと、一気にメルカへ向かって駆けだす。
「メルカちゃん、助けに来たよ……!!」
コア・デプレッシャがゼノアの声に反応して振り向く。純白のボディは同じだが、他のデプレッシャとは違って、美しい彫刻のような造形だ。そして、その彫刻が手を伸ばした。
「うわぁっ!?」
距離は十分にあった。しかし、コア・デプレッシャの手の平が異様に肥大化し、ゼノアを突き飛ばしたのである。全身を鎧で包み込んでいなければ、酷い怪我を負っていたかもしれない。
だが、ゼノアにとって、それは怪我よりも強い痛みを感じるものだった。なぜなら、それは――。
「メルカちゃん、僕じゃダメなの??」
まるで拒絶のような一撃だった。生活を捨てる覚悟で、死を覚悟して、この純白の世界に踏み入れた。彼女を救うために。それが、彼女は感謝どころか巨大な手の平で、頬を打ってきたようなものなのだ。
もちろん、デプレッシャの固有スキルによって巨大化した手なので、頬どころか全身が打たれたわけなのだが……。
「酷いよ、メルカちゃん……」
それでも、ゼノアは立ち上がる。立ち上がり、コア・デプレッシャを見つめると、その怒りを素直に発した。
「いくら僕が気に入らないからって、そんなに強く殴ることないだろ!?」
「受け取り方が変じゃない??」
トウコの声はゼノアの耳に入らない。それほど、彼は怒っていた。
「君が……僕のことをどう思っているかくらい、分かっているよ!」
今までの悔しさを噛み締めるように、ゼノアは拳を握る。
「だけど、僕はこんなことで負けないくらい、君のことが好きなんだ!!」
純白の世界における純真な告白に、コア・デプレッシャがたじろぐかのように、身をわずかに退いた。
「絶対に、僕は約束を守る。もう一度、君とミルキーランドに行くんだ!!」
ゼノアが再び駆け出すと、コア・デプレッシャも身構える。
「うわぁぁぁぁーーー!!」
確かな気迫はあるが、いかんせん力はない。またも巨大な平手打ちによって、ゼノアは吹き飛ばされてしまった。
「くそ、これくらいで……諦めるかよ!!」
再びゼノアは立ち上がる。そして、メルカのもとへ。それを何度繰り返しただろう。言うまでもなく、結果は同じだった。
「ゼノアくん、大丈夫ー??」
トウコの呼びかけに、ゼノアは手を挙げて反応するが、大の字に倒れたまま、動かなかった。そして、それを見下ろすのはコア・デプレッシャだ。
「僕を……殺すの?」
感情のない瞳で見下ろされながらも、ゼノアはそこにメルカの意思があると信じていた。
「あのとき、メルカちゃんの本当の笑顔を見た」
ゼノアの頭の中に浮かぶ風景は、デートの日にメルカが見せた笑顔だ。
「僕がお金を貸したときも、高級レストランで食事したときも、君は笑っていたけど……あのときの笑顔は違ったよね? もう一度、あのときの笑顔を見せてよ。いや……」
ゼノアは力の入らない膝で何とか踏ん張り、コア・デプレッシャの前で立ってみせた。
「いや、そうじゃない。僕が笑顔にしてやる。もう一度、何度だって……あのときみたいに笑わせてやるから!!」
槍を握りしめる。そこに、どれだけの力が込められているだろうか。
「だから、戻ってきてよ!!」
ゼノアは残った力を絞り上げ、槍の一撃を突き出す。
「えっ?」
しかし、現実は無常である。
コア・デプレッシャはゼノアによる渾身の一撃を軽く払い、槍をへし折ってしまった。
為す術なく、立ち尽くすゼノア。
殺されてもおかしくない状況だろう。しかし、コア・デプレッシャは白い大地を滑るようにして、ゼノアから遠のいていく。
「どこ行くんだよ、メルカちゃん。僕のことなんて……殴る価値もないって言うのか?」
問いかけに、応答はなく、彼女はただ白い闇の中へ溶けていく。そして、彼女と変わるように、デプレッシャたちが闇の中から現れ、ゼノアを取り囲んでいった。
「ちくしょう……。戻ってこいよ。戻ってこいよ、メルカちゃん!!」
少しずつ、ゼノアを包囲するデプレッシャたちが距離を詰めてくる。
「ゼノアくん、まずい。逃げよう!」
さすがのトウコも焦りを感じ始めるが、ゼノアの体力は既に限界を迎えていた。どんなに危機的な状況だとわかっていても、その場から動けない。ちくしょう、と呟き、ゼノアは膝を折る。
「どうして……助けてあげられないんだ」
大地に手を付くと、涙が一粒こぼれた。
「助けてあげるどころか、彼女のことを何一つ理解してあげられないなんて!!」
なぜお金が必要なのか。何に悲しんでいるのか。そんなことすら知らないまま、死にたくなかった。せめて、彼女に「大丈夫だよ」と一言伝えられれば……。
それなのに、デプレッシャたちが迫ってくる。彼を絶望の闇に突き落とそうと、少しずつ。
「大丈夫だよ」
しかし、どこからか声があった。
「お前は私たちの客第一号だ。あの女を助けて、苦しみを理解してやりたい、って言うなら……」
ゼノアは信じられない光景を見た。彼を囲っていたデプレッシャたちが、一瞬にしてひっくり返ったかと思うと、突風にさらわれたかのように、目の前から消えてく。
そして、代わりにゼノアの前に現れたのは、
赤い髪の女……レーナだった。
「最後まで付き合ってやるぜ。だから――」
美しい。白い世界の中、赤い微笑みは美しく、どこまでも強かった。そんな笑みを浮かべたまま、彼女はゼノアに手を差し出すのだった。
「もう一度だけ立って見せろよ、ゼノア」
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