甘やかし上手
ゼノアが目を覚ますと、時刻は朝九時を過ぎていた。三時間は眠っただろうか。
「げっ、会社から電話が……」
ノノアモデルの魔石を持ち出したまま、無断欠勤となれば、こうなるだろう。たぶん、メルカを助け出したとしても、会社はクビになる。だとしたら、何としてもメルカを助けなければ……。
「あれ?」
身を起そうとして、気付いた。眠っている間に、誰かが毛布をかけてくれたことを。トウコがかけてくれたのだろうか、と確認すると……。
「にゃーん」
猫に寄り添われたトウコも、肩に毛布をかけて眠っていた。作業机から動いていないところを見ると、メヂアを作りながら眠ってしまったのかもしれない。だとしたら……。
「うわぁっ!!」
突然、トウコが叫びながら目を覚ました。
「ど、どうしたんですか!?」
何事かと声をかけると、トウコは寝ぼけ眼で答える。
「夢の中で、凄いイメージが浮かんじゃった。あ、そうか。作業中だったんだ」
彼女のスイッチが入ってから、初めての意思疎通となったが、再び手を動かし始めると、何を言っても聞こえないようだった。
「あの、何か食べた方が……」
無視だ。しかし、自分の方が限界である。近くのコンビニでパンだけでも買ってこようか。さすがに、それくらいの時間なら、泥棒が入ってくることもないだろう。できるだけ音を立てないよう、玄関の方へ向かったそのときだった。
「トウコ、入るぞー」
レーナの声が聞こえてきた。
「おっ、起きてるじゃねぇか。カーテンくらい開けてやれよなぁ」
どかどかと部屋に入ってくると、レーナはカーテンを開けて、猫を一撫ですると、ゼノアの方を見た。
「お前も一度帰ってから寝ておけ。あとは私が見ておくから」
「わ、分かりました。完成したら連絡をいただけるのでしょうか?」
「はぁ? ふざけんな、夜は用事があって私は出るから、お前がトウコの面倒を見ろよ」
「えええ??」
依頼人を使いっぱしりにするつもりだろうか。ゼノアは不快感を抱くが、レーナに一睨みされてしまう。
「なんだよ、文句あんのか? トウコはお前の依頼で、命削ってメヂア作ってんだぞ。少しくらい手伝えよ」
確かに、トウコの作業する様は命を削るようだ。作業机の前で、彼女は体力だけではない何かを消耗させながら、メヂアを作っている。素人にも、そう見えた。
「でも、面倒を見るって何をすればいいんですか??」
「そうだなぁ。飯を食わせてやる。水分も補給させる。あとは、仮眠のあとに歯を磨いてやれ」
「そ、そんなことまで!?」
「ちょうど今起きたところみたいだし、手本を見せてやる。トウコ、歯を磨くぞー」
レーナはどこからか歯ブラシとコップを持ち出してから、トウコの横に立った。
「ほら、あーって」
「あー」
顎を摘まみ、強制的に歯ブラシを口の中に突っ込む。
「ほら、口の中をゆすいで、ここに出していいから。ぺぇー、ってしろ」
「ぺぇー」
歯ブラシが終わると、今度はパンを一口サイズにちぎって、口の中に運ぶ。
「トウコ、甘いのだぞ。ほら」
「うーん……甘いのだ」
しっかり食べているみたいだ。
「ほら、お茶も飲め。口あけろって」
「もう、邪魔しないでよー」
「いいから。飲まないと死ぬぞ」
「んー」
いくら何でも甘やかしすぎてはいないか。呆然と眺めていたゼノアに振り返ると、レーナは得意げに言うのだった。
「ま、こんなもんだ。夜はお前がやってやるんだぞ」
「で、できませんよ!!」
ゼノアは家に帰って休むことにした。会社に電話して、数日で必ず戻ると上司に伝えたが、とんでもない勢いで怒られたので、思わず電話を切ってしまった。
「僕の人生……どうなっちゃうんだろう」
夜はゼノアが、昼間はレーナがトウコの面倒を見て、彼女が宣言した通りの三日目、そのときが訪れる。
「で、できたぁーーー!!」
トウコが紫色の球体を手に取り、神に捧げるがごとく、天に突き出した。
「本当ですか!?」
ゼノアも思わずトウコに駆け寄るが、同時に彼の端末に一件の通知があった。ニュース速報だ。
『ノカナ地区のコラプスエリアが拡大。明日朝、騎士団の強制浄化の動きありか』
時間がない。今は夜の九時を回ったところだ。夜が明けると、騎士団が動き出す。
「トウコさん、行きましょう。チャンスは今夜しかない!」
「そうだね。レーナちゃんに電話するね!」
しかし、肝心のレーナが電話に出ることはなかった。
これくらい集中して創作に没頭したい。
そんな私の願望回でした。
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