プリンを食べたら
「戻ったぞー」
さらに一時間後、赤い髪の女……レーナが返ってきた。
「お、やってるみたいだな」
項垂れるトウコを見ても、レーナは動揺した様子なく、どこからともなく現れてすり寄ってきた猫を抱き上げる。
「ちょっと……貴方、この人のガードなんでしょ?? さっきからこの調子でぜんぜん作業が進まないんです。何とかならないんですか!?」
「何言ってんだよ、クリエイタなんて全員こんなもんらしいぞ」
レーナはどうでもよさそうに「ちゃんとメシ食ったか?」と猫を撫でているのだが、その関心の低さがゼノアを苛立たせるのだった。
「でも、時間がないんです。貴方だって錬金術の心得があるなら、協力してやってくださいよ!」
ゼノアからしてみると、何気ない注文だったのかもしれない。トウコから、学生時代に彼女も学んでいた、という話をそのまま口に出しただけだ。しかし、ゼノアは死の切っ先を突き立てられるような、恐怖を、危機を感じることになる。ただ睨まれただけなのに、動けなくなるという経験は初めてだった。
「そうだよ、レーナちゃん手伝ってよ! 一緒に考えてよう!!」
横からトウコが現れ、レーナにしがみつかなければ、殺されていたかもしれない。ゼノはしばらく言葉も出なかった。
「お前なぁ、この前も私が口出したら『そういうのじゃないんだよねぇ』とか言って、少しも取り合わなかったじゃねぇかよ」
「今度はちゃんと参考にするから。お願い。なんでも良いから意見ちょうだい! お願いお願いお願いーーー!」
「ダメダメ、私も忙しんだよ。ほら、差し入れ」
「あ、プリンだぁ」
トウコが少し落ち着きを取り戻し、大人しくプリンを食べ始めると、レーナは冷蔵庫から猫の餌を取り出して、慣れた調子で皿に移し始めた。足元で猫が待ちきれないといった調子で手を伸ばしている光景は、気が抜けてしまいそうになる。
「あの……本当に大丈夫なんですか? 僕は凄い高価なものを彼女に支払ったんです。失敗した、間に合わなかった、なんて言われても通じませんからね??」
「高価なもの?」
どうやら、報酬についてレーナは何も知らないらしい。が、それについて彼女が言及してくることはなかった。
「まぁ、大丈夫だろ。トウコは手が動き出すと速いから」
「そう、なんですか」
猫に餌を食べさせ、猫が飲むための水を交換すると、レーナはバッグを手にした。
「よーし、じゃあ私は行くから」
「行くって……彼女をサポートしなくていいんですか?」
「あー? むしろ、スイッチが入れば、私なんて邪魔者でしかねぇよ。お前も、トウコの邪魔するなよ」
「あぁぁぁーーー!!」
突然の奇声に二人は振り返る。何かと思えば、プリンを食べ終えたトウコが、床に転がってのたうち回っている。
「プリン食べちゃったら、やらないとダメじゃん! もうやだよぉぉぉ! 作りたいもの、たくさんあると思っていたのに、何も形にならない……!!」
暴れまわるトウコを見て、ゼノアは言葉を失うが、レーナは溜め息を付くだけだった。
「食ったら暴れるとか、赤ん坊かよ」
「赤ん坊?」
レーナの呟きに、トウコが動きを止める。
「赤ん坊……。赤ん坊かぁ。赤ん坊、赤ん坊、赤ん坊……」
そして、ぶつぶつと呟きながら、立ち上がると、幽鬼のように作業机へ戻り、何やら手を動かし始めた。
「お、スイッチが入ったみたいだな」
レーナは納得したように言うが、ゼノアから見てみると、何がきっかけなのかさっぱりだ。
「んじゃ、今度こそ私は行くぞ」
「ちょっと、せめてどこに行くかくらい……!!」
ゼノアの声など耳に届かないのか、レーナは立ち去ってしまう。トウコを見ると、そっちはそっちで何も耳に届かないらしく、まさに一心不乱といった面持ちで作業を続けていた。
さらに二時間が経過する。時間も時間なので、女性の部屋に居座るのはよくないだろう。
「あの……トウコ、さん」
しかし、反応がなく、ただただ作業にのめり込んでいる。ここで自分が鍵もかけずに出て行って、何かあったらどうすればいいのだ。
「お願いだから、メルカちゃんの心を救ってくれよ……!」
ゼノアは祈るしかなかった。
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