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初めての依頼!

「それは何度も聞いたよ、お姉ちゃん」


 トウコは姉の電話に苦戦していた。自室でメヂア制作に精を出していると、いつものように突然着信があって思わず出てしまったのだ。早く切りたい。が、姉はしつこく近況を聞いてくる。


「別に私は結婚とか興味ないから! それに、お姉ちゃんだって独身じゃん!!」


 少し声を大きくすると、その倍の勢いで捲し立てられ、トウコは受話器から耳を離したくなった。


「仕事の方は順調だから心配しないで。凄いガードの人が協力してくれて、危険もないから! そのうち、ウィスティリア魔石工房の名前をお姉ちゃんが耳にする日も近いかもね!」


 トウコは一方的に電話を切る。姉のことは好きだが、心配性が過ぎる。自分だって一人前の大人だ。仕事はしっかりこなして、生活も何とか……。



「ダメだ、ぜんぜん進まない……」



 電話を切ってデスクに視線を戻すと、少しも完成しないメヂア制作のことを嫌でも思いだなければならなった。長く暗いトンネルに迷い込むような気分である。出口が全く見えない。いや、入口を通過したかどうかも怪しいところだ。


「この前は手が止まることなんてなかったのに!」


 頭を抱えつつ、絶好調だったときに感覚を思い出そうとする。あのときは考え込むことなく、自然と手が動いた。考え込むことなく、アイディアが次々と出てきたのだ。それが嘘のように、今は頭の中が空っぽで、手も凍り付いたように動かない。



「才能、ないのかも……。これじゃあ、お姉ちゃんに怒られちゃうよ……」


「みゃーん」



 落ち込みたいところだが、なぜか猫のタラミがすり寄ってくる。抱っこしろ、と言っているようだ。


「タラちゃん、慰めてほしいのは私の方だよ」


 トウコはタラミのモフモフした体に顔をうずめようとしたが、彼女は逃げるように立ち去ってしまう。突き出した頭のやり場を失い、ゆっくりと姿勢を戻したトウコは、虚しさに溜め息を付くのだが……。



 ピンポーンッ。



 訪問者である。レーナだろうか。いや、彼女であれば、合鍵で入ってくるはず。まさか、お客さんだろうか。トウコは緊張しながら、しかし少しばかり期待しつつ、玄関の扉を開けた。


「はい! ウィスティリア魔石工房です!」


 しかし、トウコの期待は裏切られる。そこに立っていたのは、絶対仕事につながらないだろう人物だったからだ。


「ちょっと、あからさまに嫌な顔しないでください」


 そこに立っていた人物は、つい先日もここを訪ね、ひどくトウコをがっかりさせた人物……ゼノア・ミタカだったのだ。



「だって、ゼノアくんは冷やかしに来ただけでしょ? 私だって暇じゃないんだから」


「僕だって、売れないクリエイタを冷やかすほど暇じゃありませんよ」



 部屋に戻ろうとしたトウコだが、切羽詰まったようなゼノアの気配に、思わず振り返って彼の顔色を伺う。もとから細い男だったが、数日の間にさらに痩せたようだ。むしろ、目はくぼみ、頬はこけて、病的な何かを感じる。



「呪いが溜まっているなら、メヂアを作ってあげてもいいけど、お金は払ってもらうよ?」


「……」


 なぜか、悔し気な表情で俯くゼノア。少しだけ依頼を期待したが、そんなわけないだろう。魔石工房なんて他にもある。彼はあれだけトウコのメヂアを酷評したのだ。依頼があったとしても、他を当たるはずだから。しかし、ゼノアは顔を上げると、トウコをまっすぐ見た。



「お願いがあります。メヂアを作ってください」


「えー? 本当に呪い溜まっているの??」


「はい。でも、僕じゃない。メルカちゃんを……助けてほしいんです!!」



 ゼノアが勢いよく頭を下げる。それを見て、トウコは頬が緩むのを耐えなければならなかった。


(ほうほう、なんだか大変なことになっているみたいだね。だけど、笑っちゃ悪いよね。メヂアのネタになるなんて考えたら、もっとダメだよねぇ)


 本音を誤魔化すように咳払いしてから、トウコは言った。


「まぁ、ゼノアくんは知らない仲じゃないし、まずは話だけでも聞いてあげましょう。さぁ、入って入って」


 ゼノアの話を聞きながら、トウコの頭は激しく回転し始めた。


(ゼノアくん、不憫すぎ! これをネタにしたら、良いシアタ現象が描けるかも!!)


 トウコの本音など知る由もないゼノアは、改めて彼女に頭を下げる。



「お願いします。メルカちゃんを助けるため、メヂアを一つ作ってください。お金なら、僕の全財産を投げ打っても構いません!!」


「全財産かぁ……」



 いくらだろうか。いや、金の問題よりも、時間的な問題の方が厳しいかもしれない。トウコがまともに作成を進められているメヂアは一つもない状態だ。


 コラプスエリアを浄化できるほどの魔石を手に入れて、加工したうえで魔力を込めるとしたら、かなりの時間を要する。そうこうしている間に、騎士団による強制浄化が始まってしまうだろう。


「あっ!」


 しかし、トウコは閃く。脳内を煌めいた稲妻に思わず声を出し、活力が湧き出すが、それが顔に出ないよう抑えながらゼノアに提案する。


「お金よりさー、もっと欲しいものがあるんだよねぇ」


 抑えていても、我欲むき出しのトウコにゼノアは顔を引きつらせた。



「やはり、そう来ますよね……」


「お、分かっているね?」



 トウコは気持ちの制御を諦め、笑顔で言う。



「ノノア先生の魔石。それを貰えるなら、短時間で良いメヂアを作ってみせるよ!!」


「……分かっていますとも。その条件をのむつもりで、ここにきたんです。だから、メルカちゃんを助けてください!!」



 トウコのメガネが光る。その輝きの向こうにある微笑みは、魔族よりも闇深い感情が含まれているようだった。

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