なんで勇者やめたの?
場所を移動して、ここはどこにでもあるような赤い看板の居酒屋。トウコは控えめなパスタを、レーナはビールジョッキを前にして、旧交を温めていた。
と言うより、レーナが酔っぱらった勢いで悲惨だった合コンの結末を語ったのだった。
「合コン、かぁ。……大変だったねぇ」
ショートボブの黒髪に黒縁のメガネ。ハイスクール時代と何も変わらない姿で、トウコは不自然な笑顔を浮かべた。彼女の本心は、レーナに十分伝わっている。
「お前……この歳になってまで、そんな下らないことで泣いてるんじゃねぇよ、って思っただろ?」
そんな指摘にトウコは笑顔を引きつらせる。
「そ、そんなことないよ。私も独身だし、人生設計も適当だから、将来のこと考えているレーナちゃんは偉いな、って思ったよ??」
「ウソ言うなよ。お前からしてみたら魔石作り以外、何だってくだらねぇんだろ」
レーナは溜め息を吐くが、トウコは否定せず、どこか寂し気な笑顔を見せる。
「で、お前は? メヂア作りは上手く行っているのか?」
レーナは自分のターンは終わった、とトウコに話題を振ると、彼女は焦りを隠すような笑顔を見せながら頷く。
「うーん、全然かなぁ。今日も大手の魔石工房に面接へ行ったけど、難しい顔されちゃった」
「……へぇ。うちの学校で断トツだったお前が落とされるなんて、厳しい世界だなぁ」
「まぁね。努力したからって認めてもらえる世界じゃなし、危険な割にはお金につながりにくい仕事だからね。それよりさ――」
どうやら、トウコはメヂア制作の話しは、避けたいらしい。何となく、その気持ちを察したレーナは、ただ耳を傾ける。
「レーナちゃんって、何で勇者やめちゃったの?? 魔王も倒したって、その辺のニュースに疎い私ですら耳に入ってきたよ。えーっと、血塗れのレーナだっけ?」
ブラッディ・レーナの響きに、レーナの視線が鋭くなる。どうやら、その二つ名は口にしてほしくないらしい。何となく、その気持ちを察したトウコは、別の話題に移ろうとした。
「それに、もうタイヨウくんと結婚したとばかり思っていたよ。私たちの学校で一番の美男美女がカップルになったって――」
スムーズに話題を変えたはずが、トウコは口を噤む。なぜなら、彼女は死の前触れが迫っている、と気付いたからだ。コラプスエリアでモンスターに囲まれたときよりも、死に近い感覚。普通の人間であれば、口を開くことすら憚られるところだが……。
「えーっと……もしかして、別れた?」
それでも、怖いもの知りたさで追及するトウコの度胸に、さすがのレーナも溜め息を吐く。
「あれだけネットで騒ぎになったのに、知らないのかよ。って言うか、お前……私の失敗談を聞いて、メヂア作りのネタにしようと思っているだろ?」
「そ、そ、そそそんなことないよ。ただ、久しぶりに会った同級生の苦労話を聞きたいな、って」
ぶれない女だ。レーナは心の中だけで呟く。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし、少しくらいなら話してやってもいいか」
「本当?? 聞きたい聞きたい!」
目を輝かすトウコ。これだから、メヂア職人は……とレーナも嘆きたくなるような勢いである。
「あれは私が魔王をぶっ倒してから間もない日のことだった……」
あれは、魔王が一人の女勇者によって討伐されてから、間もない日のことだった。
「タイヨウ! タイヨウー!!」
エリアル城の廊下を歩く男の名を呼びながら、その背を追うレーナ。彼女の呼びかけに振り返る男は、その名の通り、太陽のように眩しい笑顔を見せた。
タイヨウ・ゼゼリア。彼はレーナと共に魔王討伐に参加した勇者の一人で、現在はその功績から、エリアル騎士団の団長を務める男だ。
「どうした、レーナ?」
「どうした、じゃねぇよ! なんだよ、ナイトファイブって!?」
「ん? 話してなかったっけ? 例のプロジェクト、俺がリーダーになったから」
爽やかな笑顔と共に、その自信を覗かせるタイヨウだが、レーナは今にも泣き出しそうな顔である。
「なったから、って……。何で私に相談もなく、アイドルなんかになるんだよ!?」
ナイトファイブ。それは国による広報プロジェクトである。
このころ、魔王が滅びたために、騎士団は存在価値に疑問を呈されていた。伝統を重んじる王家は、騎士団の解体を恐れ、別の存在価値を模索。
その結果、五人の騎士たちによるアイドルグループ、ナイトファイブが誕生したのだ。
「仕方ないだろう、そういう命令なんだから。それに、国一番の美男子と言えば、この俺。これは、俺にしかできない仕事なんだ。レーナも、そう思うだろう?」
「そ、それはそうだけど……」
タイヨウの甘い笑顔に、思わず赤面するレーナ。しかし、彼女は悩んでいた。魔王は滅んだのだから、自分は勇者などやめて、騎士団長のタイヨウを影ながら支える良妻になるべきではないか、と。それなのに、タイヨウがアイドルになるのなら話しは変わってくる。
「安心しろよ」
そんなレーナの心配など見透かしたように、タイヨウは彼女の頬に指先で触れながら、こんなことを言うのだった。
「俺はきっと、王国中の女を魅了するだろう。だけど、そんな俺の心は……いつだってお前のものだ」
「た、タイヨウ……」
「昔から、そうだっただろう?」
確かに、そうだった。学生時代もタイヨウはモテた。超モテた。レーナもモテたが、最終的には嫌われる(恐れられる)彼女と違い、タイヨウはいつだって絶対的な人気者だった。
が、いつでも本命はレーナである、と言い、卒業式の日は全校生徒の前で交際を申し込んでくれる、というサプライズまで捧げてくれたのである。そんな彼ならば……。
「うん。ごめんね……。馬鹿だね、私。タイヨウはいつだって優しくて、真剣に向き合ってくれたのに」
「そうだよ。ナイトファイブがめちゃくちゃ売れたとしても、俺の気持ちは変わらないよ」
「タイヨウ……大好き!」
喜びのあまり、彼に飛びつくレーナ。優しい抱擁でそれを迎えるタイヨウだったが……
その口元に浮かんだ笑みは、なかなかの野心に塗れていた。
もちろん、レーナはそれに気付かず、タイヨウを抱きしめるのだった。
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