デートの約束
レーナの背を追う男は、正体を隠すため、深々とフードを被っていた。慎重にレーナの後を追っていたが、彼女が急に路地に入ったため、見失うまいと小走りになる。
どこだ、と路地を覗いた瞬間だった。
「おい、何の用だ」
「な、なぜ!?」
追いかけていたはずが、背後からレーナの声が。振り返るつもりだったのに、急に天と地がひっくり返る。
「いてっ!!」
気付くと、地面に叩きつけられていた。たぶん、レーナの素早い足払いで、倒されたのだ。
「どこのどいつか知らねぇが、何が目的かしっかり話してもらうぜ」
「ひ、ひぃ……」
人を痛めつけるのは大好きだ。そんなレーナの凶悪な笑みに、彼は思わず悲鳴を上げてしまう。震える彼を見つめ、レーナは訝しむように眉を寄せた。
「……お前、もしかして!」
深くかぶったフードを取り払うと、その表情が露わに。レーナはその正体を知り、少しばかり驚いた。
「昼間の魔族じゃねぇか!!」
そう、彼の正体は……昼間、エタ・コラプスエリアでレーナを襲撃した魔族、そのリーダーと思われるキロスとかいう男だったのだ。
「何のつもりだ、この野郎! っていうか、そのでけぇ体で尾行とか無理があるだろ!」
「し、仕方あるまい! お前がキーラとバムウを痛めつけたせいで、二人とも寝込んでいるのだから!」
そういう問題ではない。レーナは苛立ちながら、キロスの背中を踏み付ける。
「人のせいにするんじゃねぇよ! なぜ私に付きまとっているんだ。ほら、言え。言えよ!」
容赦ない踏み付けに、キロスは苦悶の表情を浮かべながら、歯を食いしばる。
「言うものか……。言えないのだ……!!」
「ほう。ってことは、やっぱり誰かの指示でやっているわけか」
「!?」
キロスの分かりやすい表情に、レーナはつい高笑いを上げてしまう。
「はっ、人間と違って嘘が下手だな、魔族ってやつは。それで、誰の指示なんだ?言った方が楽だぞ。ここで死んでも良いなら、いくらでも黙っていろよ」
「ぐうぅぅぅ……」
昼間のこともあり、キロスは自分がどれだけ窮地に立たされているか理解している。それでも、彼は自分の背後にいる者の名を口にしはしなかった。
(おかしい。自分の命のためなら手段を択ばない魔族が、なぜこうも口を閉ざす。それだけ高位な魔族が私の命を狙っているってことか。どうせ過去に恨みを買ったってわけだろうけど……)
レーナはしばらく心をあたりを探す。
(ダメだ、心当たりが多すぎて分からねぇ。……ん?)
キロスを踏み付けながら、レーナは視線の先にも思わぬものを見る。
「昼間の女……だよな?」
路地の先にいる女。それは昼間にゼノアと一緒にいた女に間違いなかった。誰かと電話しているように見えるが。
「あ、しまった!」
レーナが女に気を取られているうちに、踏み付けられていたキロスが逃げ出してしまう。
「待て、この野郎!」
追いかけようと思ったが、昼間の女も気になる。レーナは葛藤する自分に苛立ちながらも、キロスを見送り、昼間の女を追うことにした。
(あの女について、情報を集めておけばゼノアの野郎を脅せるかもしれない。そしたら、魔石をふんだくってトウコに渡してやれるんだが……)
昼間、わんわんと泣いていたトウコの姿を見ていただけに、レーナは何としてでも魔石を手に入れてやりたかった。女は電話を切ると、路地を抜けて繁華街の方へ。
「嫌な予感が……と、言うより、想像通りってところか」
女が入って行った先は、ホストクラブである。しかも、キブカ地区のホストクラブと言えば、女を破滅させるほど快楽に溺れさせ、金をむしりとるとして有名だ。
「やっぱり、あの野郎……騙されているじゃねぇか」
それから数日後、ゼノアは約束通り、メルカを高級レストランに連れ出していた。彼女の喜ぶ姿が見れる。そう思っていたが、なぜか浮かない顔だ。
「メルカちゃん……どうしたの? 美味しくなかった?」
「……ううん。美味しいよ?」
「じゃあ、何かあった? 元気ないように見えるけど……」
メルカは黙り込んでしまう。もしかしたら、また家賃を滞納しているのかもしれない。あと、どれだけ貯金があるだろうか。忘れたい口座の残高を思い出そうとするゼノアだったが、メルカは想像もしなかったことを口にした。
「私、もう生きている価値なんて……ないよね」
今までにないほど、彼女の表情には暗い影が。ゼノアは必死に否定する。
「そんなわけないじゃないか。君は生きているだけで素敵だよ」
「でも、私はゼノくんからお金貸してもらってばっかりだし。死んだ方がいいような気がする……」
なぜ、ここまで彼女が落ち込んでいるのか。ゼノアには理解できなかった。だからこそ、彼女の笑顔を取り戻したいゼノアは、自分にできる最大の行動を提案した。
「そうだ、デートに行こう。メルカちゃんが好きな、ミルキーランドに!」
ミルキーランドは大人気の魔法アトラクション施設だが、昔に比べて入場料も高額になり、気軽に行ける場所ではない。ただ、いまだにファンは多く、デートスポットとしても定番だ。特別な関係の男女が一緒に行く。そんなイメージがあるため、断られるかもしれないと思っていたのだが……。
「……行こうかな!」
今まで見せたことのない、メルカの嬉しそうな笑顔に、ゼノアは胸を締め付けられるのだった。
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