水道水が生命線
ゼノアは会社に戻り、上司に「外回りにどれだけ時間をかけているんだ」と怒られ、同僚たちの冷めた目に晒されながら仕事を終える。
同僚の目が冷たい理由は、ここ最近、ゼノアが理由もなく仕事を抜けるからだ。もちろん、ゼノアはメルカに金を渡すために仕事を抜けているのだが……。
「ただいま……」
もちろん、家には誰もいない。
水道水でコップを満たし、一気に飲み干す。夕食はスーパーで買った半額のサラダとおにぎり二つだ。
「メルカちゃん、家賃払えたかなぁ」
眠る前、布団の中で虚しさが頭を巡って、つい彼女のことを考える。
――さっきの女、絶対に今流行りの架空恋愛詐欺ってやつだろ??
同時に、昼間に会った赤い髪の女の言葉が胸を貫いた。そんなはずがない。いや、何度も疑ったが、その度に否定してきたことだ。震える手でスマホを手に取ってメルカに電話した。
コール音が続く。
出会ったばかりのころ、彼女は言っていた。
「さみしくなったら、いつでも電話してね。メルカが癒してあげるから!」
それが、ここ数か月は電話に出ないことがほとんどだ。しかし、今夜は違った。
「……もしもしぃ?」
メリアの高い声が。たぶん、眠っていたのだろう。声色がいつもより甘ったるい。
「め、メルカちゃん?? 遅くにごめんね」
「ううん。どうしたのぉ?」
「家賃……払えたかな」
「家賃?」
そんなワードに縁はない。彼女の返答はそう感じられた。
「あ、うん。払った。払えたよー。ありがとね」
分かりやすく動揺しているではないか。
「怒らないから、教えてほしいんだけど……お金、何に使っているの?」
沈黙。ごそごそと気配だけは感じられるが、答えるつもりは感じられない。だが、なぜかゼノアの方が追いつめられて行くような感覚に襲われ、思わず誤魔化すように言葉を紡いでしまった。
「その、メルカちゃんを疑っているわけじゃないよ?? でも、先月も家賃を滞納して困っている、って言ってたような気がしたから」
「……ぐすんっ」
あ、泣き出した。
「ひどいよぉ。ゼノくん、メルカが嫌いなんだぁ。私のこと一番って言っていたのに、嘘だったんだぁ」
「ち、違うよ。もちろん一番だよ!!」
「でも、メルカのこと疑っている……」
「疑ってない。疑ってないよ!」
自分が追及する側だと思っていたのに、なぜかゼノアの方が慌てる側になっている。
「ごめんね、メルカちゃん。お詫びに、この前行きたいって言っていたレストランに行こう?」
「でも、あそこのステーキ……高いよう?」
「メルカちゃんのためなら、ステーキくらい……!!」
そこから、ワインも飲みたいなどねだられた末、電話を切ることになったのだが……気のせいか、後ろで騒ぐ人の声が聞こえた気がした。寝ていたわけじゃない? 外出していたのだろうか。こんな時間に何を……
「いや、僕はメルカちゃんを疑わないって決めたんだ!」
すると、妙な怒りが湧き上がってくる。その感情の中心に立つのは赤い髪の女だ。
「あいつのせいだ! あの女が余計なことを言うから、メルカちゃんに嫌われそうになったじゃないか!」
ゼノアは無理やり気持ちを切り替え、眠ろうとしたのだが、彼の夜はとても長かった。
一方、あの女こと、レーナは夜の街を歩いていた。
(私が一生独身だって? あのクソ男。私がどれだけモテるのか、知らねぇくせに!)
ここは王国随一の繁華街、キブカ地区だ。美女が歩けば、男が群がってくるはず。レーナが自信満々に歩いていると、何者かの気配が近づいてくることに気付いた。
(ほら見ろ。さっそく食いついてきた)
気配を探る。どんな男がアピールしてくるのだろう。そんな期待があったのに……。
(殺気……?)
どうやらナンパが目的ではないらしい。
(やれやれ、軽く締め上げてやるか)
レーナは溜息を吐きながら、人気のない路地に向かって踵を返すのだった。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、
ぜひブックマークと下にある★★★★★から応援をお願いします。
好評だったら続きます!




