これってやっぱり詐欺なの?
ゼノアは幸運なことに、モンスターと遭遇せず、エタ・コラプスエリアを出た。そして、森を駆け抜け、市街地に戻ると辻馬車を拾って、キブカ地区に向かう。キブカ地区と言えば、王都の中でも一番の歓楽街なのだが……。
「メルカちゃん!!」
「ゼノくん……?」
タクシーを降りて、ゼノアは待ち合わせ場所で一人しゃがんでいる女の子のもとに駆け寄る。
「ごめんね、お仕事中に呼び出して……」
「大丈夫だよ。君のためなら、いつでも駆けつけるって言ったじゃないか」
ゼノアの前で、目を潤ませる女性は、ふりふりの服に派手な髪色。儚げな表情を見せるが、まともに働いているようには見えなかった。
そんな女とカフェに入って、十分ほど他愛のない会話を試みるゼノア。だが、彼女……メルカはただ俯くばかりで口を開く気配がなかった。
「メルカちゃん……何かあったの、かな?」
なんとなく避けたかった本題を、ゼノアから切り出すと、メルカは上目遣いで見つめてきた。
「ごめんね。私、本当にダメな子だよね」
そういって、理由も語らずにおいおいと泣き出す。いや、涙が流れているかどうかは、正直判断が難しかった。
「な、泣かないでメルカちゃん!」
しかし、メルカは手の平で顔を覆ったまま、肩を揺らすばかり。……あれを言うしかない。ゼノアは覚悟を決めた。
「ぼ、僕にできることなら……なんでもするから!」
すると、表情を隠したままのメルカが突然顔を上げた。
「本当に??」
本当に泣いていたのだろうか。目は赤くなっていないようだが……。
「もちろんだよ! 僕はこの世界で一番メルカちゃんを大切に思っている男なんだから!」
「ゼノくーーーん!!」
メルカはゼノアに抱きつく。
甘い香りが鼻孔をくすぐり、脳を溶かしてしまいそうだ。
「メルカね、お願いがあるの」
次は聴覚が攻められる。メルカの囁きに、ゼノアは力が抜けていった。
「……家賃が払えなくて、このままだと路頭に迷うことになっちゃうんだぁ。ゼノくん、お金ある??」
やっぱり、お金の話か。しかも、先月も同じことを言っていたような……。
「どれくらいあれば足りるの?」
「私、悪い子でぇ……三か月分も滞納しちゃったから、三十万は必要かも」
さ、三十万……!?
ゼノアは心の中で叫んだ。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「わ、分かった。僕が何とかする!!」
「本当?? ゼノくん、王子様みたいーーー!!」
王子様、か。心の中で呟きながら、ゼノアはメルカにケーキを二つを食べさせてから、カフェを後にして銀行へ向かう。残高を確認すると、学生時代からコツコツと働いて、一千万イエール近くあった貯金が底を突こうとしていた。
「これで大丈夫かな?」
封筒に入った現金を確認し、メルカはにっこりと笑った。
「ありがとう! じゃあ、メルカ……大家さんにお金渡してくるね!」
「うん。よかったら、そのあと――!」
食事でも、と言いかけたが、メルカは踵を返すと、ぴゅーんっと音を立てるように走り去ってしまった。口を半開きにしたまま固まるゼノア。何かの間違いで、メルカはすぐに戻ってくるのではないか、と彼女が走り去っていった方向を眺めていたが、いつまで経ってもそんな気配はない。
「これって、やっぱり……」
「騙されているな、絶対に」
「う、うわうわぁ!?」
自分だけの呟きだったはずが、背後から飲み込んだはずのワードが。慌てて振り返ると、そこには赤い髪の女と黒髪メガネの女が立っていた。
「あ、貴方たちは……!?」
「ちなみに、お前も詐欺師疑惑がかかっている。ほら、何とかモデルの魔石を寄こせよ」
「えっ?」
赤い髪の女は、その手に長方形の魔石を持っていた。どうやら、自分がメルカとケーキを食べている間に、この女は高難易度クエストに分類されるエタ・コラプスエリアを攻略してしまったらしい。愕然とするゼノアに、女は詰め寄って言うのだった。
「早く寄こせ。それとも、お前もやっぱり詐欺師か? 警察に突き出してやってもいいんだぞ??」
ゼノアは追い込まれてしまう。貯金をすべて使い果たし、会社の大事な魔石を寄こせと要求されているのだ。しかも、自分が勝負を吹っ掛けたせいで……。
彼の頭の中には「破産」の二字で埋め尽くされるのだった。




