ブラッディ・レーナ
「待ってくださーい!」
レーナが振り返ると、駆けてくるゼノアの姿があった。さらに、そのすぐ後ろにはトウコの姿も。
「何だ一緒に来るのか?」
「ふ、不正がないよう、見張らなければ……」
息を切らせながら答えるゼノアだったが、レーナが彼に向って槍を振り上げる。
「ひ、ひぃ!?」
そして、巨大な槍が彼の頭上で空を切り、ぐしゃりと何かが潰れるような音が聞こえてきた。同時に頭の上に何かが付着したような感触が……。ゼノアは頭に触れから、手の平を確認すると、紫の液体が付着しているではないか。
「ち、血だぁ!!」
「騒ぐとモンスターが寄ってくるぞ。別に構わねぇけど」
よく見ると、レーナの槍に人間より一回り小さいサイズのトカゲが、奇妙な形でくっついている。どうやら、ゼノアの頭上に飛びかかろうとしたトカゲ型のモンスターを、レーナが槍で屠ったようだ。
「それにしても、人がモンスター化するコラプスエリアとは違って、ここは手加減する必要がないから楽だよなぁ」
レーナは軽々と巨槍を持ち上げ、肩に乗せると、空いた手で腰を抜かしたゼノアの首根っこをつかんで立たせる。
「おい、トウコ。危ないから外で待っていろよ」
「そうなんだけどねぇ。ゼノアさんが心配だったから、一緒に来ちゃった」
「まったく……。二人とも、私の後ろから離れるなよ」
そこから、次々とモンスターが現れた。トカゲ型だけではなく、巨大カエルやゴブリンなど。これだけ多種多様なモンスターが現れるということは、それだけこのエタ・コラプスエリアが人々に放置されていたことを意味し、難易度が高いクエストとして、多くの人が攻略できなかったことを意味するのだが……。
「う、嘘だろ」
ゼノアは絶句する。なぜなら、人々にとって恐怖の対象であるモンスターたちが、レーナによる槍の一振りで、冗談のように爆散していくからだ。しかも……。
「オラオラオラぁ!! どうした、モンスターども! まだ十年前の方が骨があったぞ!」
レーナには余裕がある。
いや、むしろ楽しんでいるように見えた。
「うわぁ……。レーナちゃんすごいね。血の雨が降っているよ」
血の雨。レーナ。
トウコの呟きに、ゼノアの中で何かがかみ合って行くような感覚が。
「あ、あの……」
「なんですか?」
「もしかして……あの人って、有名な方だったりします??」
「あー、はい。私もよく知りませんが、昔は凄い有名人だったみたいですねぇ」
「まさか、血塗れのレーナ……ではない、ですよね?」
「あ、それですそれ。やっぱり有名人なんですねぇ」
ほ、本物だ。魔王を倒したという伝説の勇者、血塗れのレーナではないか!
「ど、どうして、血塗れのレーナが売れないクリエイタのもとでガードを……?」
思わず呟くと、隣のトウコが眉を寄せる。
「確かに今は売れていませんけど、そのうち売れますから! たぶん……」
本当だろうか。仕事柄、多くのクリエイタをチェックしてきたゼノアだが、トウコなんて名前は聞いたこともない。それなのに、ガードは伝説の勇者なんて、どうなっているのだろうか。
呆然としたまま、視線を戻すと、血の雨の中でモンスターたちと戯れるように体を動かすレーナの姿が。そこには、一種の神秘性すら感じるではないか。時計を見ると、まだ一時間しか経過していない。このまま、本当に呪いの中心地まで到達し、魔石を手にしてしまうだろう。
「ふぅ、体が温まってきたなぁ。二人とも無事か?」
モンスターの群れを全滅させたレーナが戻ってくる。
「あ、あの……」
ゼノアはレーナに声をかけようとするが、何を言おうとしたのか。まったく言葉が出てこない。とりあえず、謝るべきだろうか。ゼノアがもう一度レーナの方を見るが、彼女の視線はこちらには向けられていなかった。黒い森の奥。まるで、何かを感じ取ったかのように、凝視している。
「……どうやら、お前の言う通りだったようだな」
レーナが一瞬だけゼノアを見てから言う。
「ここは少しばかり、面倒なエタ・コラプスエリアみたいだ。珍しいぞ、魔族が群れて出てくるなんて」
彼女の言葉が森の奥に届いたのだろうか。木々の影から、怪しい人物たちが出てきた。全員が黄金の瞳を怪しく輝かせている。間違いない。彼らは魔族だった。
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