秘密にしておきたかったのに
夕方、レーナは仕事を終えると、ジェフを待つことなく、帰り支度を始めた。むしろ、ジェフに誘われたことなど忘れたようだ。風のように職場を去らんと、レーナがドアノブに手をかけるが、後輩に引き止められる。
「あの、レーナ先輩! 今夜の合コン、急遽人数が足りなくなって。良かったら一緒に来てもらえませんか??」
今年入ったばかりの新人だ。後ろでは、彼女より一つ上の同僚が「やめなよ。レーナ先輩はやめた方が良いって!」と引き止めるが……。
「行く。絶対に行く」
レーナの前のめりな姿勢に、新人は有難いと目を輝かせるが、もう一人の同僚は頬を引きつらせるのだった。
「カンパーイ!!」
合コンは五対五で開催された。しかし、決して平穏なものではなかった……。
「レーナちゃん、可愛いね」
「そんなことないですよぉ」
「超スタイルいいじゃん! 本当にフリーなの??」
「ぜんぜんモテなくてぇ」
「歩いてたら芸能プロだジョンにスカウトされるでしょ?」
「ナンパすらありませんよー」
男性陣たちの興味はレーナに集中。彼女を誘った新人は無双状態を見て、驚愕に言葉が出なかった。
レーナを知る同僚たちに関しては、彼女がくる時点で合コンが荒れることを理解していたので、ただ肩を落とすだけである。
レーナは美人だ。圧倒的に美人だ。すれ違った男が、必ず振り返るほど。しかし……。
「本当に男って馬鹿! あの女の本性も知らないで必死になっちゃってさ!」
開始から三十分後。男たちの興味を引けない女性陣の一人が、回ってアルコールのせいで、つい本音を漏らし始める。彼女こそ、レーナの合コン参加に最後まで反対していただけに、悔しさが止まらないようだ。
「まぁまぁ。今日のところは運がなかったってことで、早めに切り上げよう?」
同僚の一人が宥めるが、彼女は怒りを止められず、ビールをぐっと飲み干すと、さらに不満を口にした。
「でも、おかしくない!? なんでお金払ってまで、あの女がチヤホヤされているところを見なきゃいけないの! 仕事中も鏡ばかり見て、まとも働かないのに。何で男はあいつに優しくするの!?」
顔が良いからである。が、それを口に出すことは、女たちのプライドが許さない。そのため、フラストレーションが溜まり、ついに彼女は立ち上がった。
「もう我慢できない……」
それまで、レーナを囲んで楽しくやっていた男たちの視線が、さすがに彼女へ向けられる。女性陣は「やめなよ!」「六秒だけ耐えて!」と止めるが、彼女は自分を抑えられなかった。
「男性の皆さん、聞いてください。その人は確かに美人かもしれませんが、人間としてはクズです。まともに働かないのに定時になった瞬間帰るし、終わらない仕事は後輩の私たちに押し付けるし、男の人のことは年収と顔でしか評価しないし! 若作りしているだけで、三十路越えしてるし、本当は悪魔みたいな女なんですよ??」
男たちが目を覚ますかもしれない。そんな願いを込めて彼女は主張するが……。
「ひ、ひどい……」
誰よりも素早くレーナが反応した。涙を流しているようなポーズを取りながら。
「私、一生懸命頑張っているつもりなのに、そんな風に見られていたのね。明日から頑張るから……本当にごめんね」
儚げな姿を見た男たちは、別のスイッチが入ってしまった。
「おいおいおい! いくらレーナちゃんが可愛いからって、そりゃないだろ!」
「女の妬みが一番醜い! むしろ、ちょっとできない子の方が可愛いだろう!」
悪手だった。男たちはよりレーナの味方となり、告発者を責める始末。
しかし、彼女は見てしまう。
猛抗議する男たちの後ろで、
勝ち誇るがごとく悪魔の笑みを浮かべるレーナを!
「もうダメ。今日ばかりは言っちゃうんだから……」
彼女の中で何かが壊れた。そして、レーナのとっておきの秘密を明かしてしまう。
「その人、血塗れのレーナですよ?」
「……えっ?」
男たちが、ゆっくりとレーナの方を見る。彼らの中では「何の話しですか?」と、泣き顔で首を傾げるレーナを想像していたが、違った。レーナは青ざめ、口をパクパクと開け閉めし、明らかに動揺していた。
「ブラッディ・レーナって……最凶の女勇者って言われた、あのブラッディ・レーナ?」
「魔族の血で雨を降らし、魔王をたった一人で撲殺したっていう……?」
「それだけじゃない。彼女に従わなかった当時の騎士団長も半殺しにされたって……!!」
嘘だよね、と男たちは告発者に確認しようとしたが、彼女は既にいなかった。逃げ出したのである。殺されないために。そして、男たちがレーナの表情を確認すると……そこには赤鬼が座っていた。
合コンは終わった。参加者は全員、金を置いて逃げるように店を出てしまったのである。最後にレーナが店を出ると、外は雨だった。ずぶ濡れで歩きながら、レーナは呟く。
「私はただ幸せな結婚がしたいだけなのに……」
絶望だった。過去、全力で戦っただけなのに、それはいつの間にか噂がねじ曲がって広がり、恐怖の象徴のように認識されている。
確かに行き過ぎた言動はあったかもしれない。でも、彼女はあくまで自分なりの信念を通しだけなのだ。それなのに、どうして名前を聞くだけで逃げ出すのか。
良い相手を見つけようにも、彼女の過去がそれを阻む。孤独だった……。思わず蹲る。首筋から入ってくる雨が冷たかった。しかし、すぐ傍に誰かの体温をわずかに感じる。
「あれ? もしかして、レーナちゃん?」
名前を呼ばれ、顔を上げると、一人の女性がレーナの体を傘で覆っていた。
「お前……トウコか?」
十年ぶりに見たその女性……トウコ・ウィスティリアはあのときと変わらない笑顔で頷く。
「何しているの? よかったら、一緒にご飯食べない?」
ただ、同級生と再会しただけ。レーナはそう思っていた。が、この再会は彼女にとって魔王討伐に参加したときよりも、とんでもない日々の始まりを意味しているのだった。
これは、幸せな結婚を目指す元勇者の女と、錬金術師として成功したいのに才能を認めてもらえない女が、人々をストレスから救いながら、自分たちの孤独と向き合う方法を見つける……そんな物語である。
「面白いかも」「どんな話なんだろう?」と思ったら、ぜひブックマークと下にある★★★★★から応援をお願いします。好評だったら続きます!