夢が始まり、絶望に向かう
「レーナちゃん、何しているの?」
自分の感情に戸惑っていると、ここ最近で聞きなれた声が頭上から。顔を上げると、やはりここ最近で見慣れた黒縁メガネに黒髪のショートボブが。
「と、トウコ……」
「良かったら、一緒にお昼でも……って言いたいところだけど、お金ないんだよねぇ」
「トウコーーー!!」
「れ、レーナちゃん?」
歴戦の猛者たちと一緒に働いていたレーナからしてみると、トウコは弱々しく見えるが、このときばかりは自分を地獄から救い出す女神のように見えた。そのため、思わず抱き着いてしまったのだが……。
「い、痛い! 骨折れちゃう!! 死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ!!」
どうやら力を入れ過ぎてしまったらしい。でも、トウコに再会できたことが嬉しくて、しばらくは力を弛めずに、ただただ泣き続けるのだった。
「はぁー、死ぬかと思ったよ」
レーナが少しだけ落ち着いたので、近くの公園に移動したのだが、トウコは青い顔で自らの肋骨辺りを撫でている。どうやら、骨は折れていないようだ。
「悪かったな……」
「もう、レーナちゃんは普通の人より力が強いんだから、ちゃんと加減しないとダメだよ?」
「いや、それじゃなくて。私、ギルドをクビになっちまったんだ。お前のこと、売り込むって約束だったのに」
「私を殺しかけたことは、謝ってくれないのかなぁ……」
「だって、ちゃんと手加減したし……」
無職の女が二人、同時に肩を落とす。先に顔を上げたのはトウコだった。レーナが落ち込んでいる間、何か思い当たることがあったらしい。
「約束、守ってもらえなかったからには、メヂアの制作費を支払ってもらわないと」
「えっ??」
まさかの方角から、まさからの追い込みがあり、レーナは愕然する。これには、十年前の魔王討伐戦で封印されたはずの古代魔法が発動し、パーティが全滅寸前に追い込まれたときよりも驚いた。
「お、お前……。私から生活費をむしり取るつもりか!?」
「私は正当な権利を主張しているだけだよ? 払えないって言うなら、別の方法で払ってもらうしかないよねー?」
トウコの笑顔を見て、レーナは彼女の要求が何なのか察してしまった。
「私も生活苦しいからさぁ、できれば三日以内に支払ってほしいなぁ。無理ならぎりぎり一ヶ月待ってあげてもいいよ? それがダメなら、別の形ですぐに支払ってね?」
三日は無理だ。一ヶ月なら、高難易度クエストを何個かクリアすれば……。
いや、ダメだ。最近は高難易度のクエストでも報酬は渋く、メヂアの制作費を稼ぐのも厳しいのではないか。そもそも、勇者の資格を剥奪されたレーナには、クエストに挑むことすらできない。これから冒険者の資格を取得するのも……。
目を白黒させるレーナに、トウコの笑顔が迫ってくる。
「ほら、どうするの? どうやって支払うの? 難しいなら、一つ良い仕事を紹介できるよ??」
「……ぐっ、ぐうぅぅぅ」
トウコに屈する。それは憧れの結婚がさらに遠のくと同義である。しかし、このままでは借金で首が回らなくなってしまうではないか。
「わ、分かったよ!!」
目を輝かせるトウコ。しかし、彼女は念を押すように、さらに迫ってきた。
「何が? レーナちゃん、何が分かったの?? その強気なことしか言えない口で、ハッキリと言ってくれないと、私何も分からないからね!?」
なんて意地の悪い女なんだ。せっかく止まった涙が、再び零れ落ちたとき、レーナは覚悟を決めた。
「は、働かせてくれ!」
「どこで?? 誰と!?」
「魔石工房! トウコさんの魔石工房で一緒に……働かせてください!!」
「お願いしますは??」
「お願いします!!」
トウコはその言葉を抱き締めるように、胸に両手を置いて二度頷くと、両手を空に向けて叫ぶのだった。
「もちろんだよ、レーナちゃん。一緒に素敵な魔石工房を作ろうね!!」
こうして、幸せな結婚を目指す元勇者の女と、錬金術師として成功したいのに才能を認めてもらえない女が、魔石工房を作るという夢に向かって、共に歩き出した。
しかし、二人の行く先は決して明るい未来ばかりではない。むしろ、葛藤と苦しみばかりだ。さらに、その終着点には挫折と絶望が待っている。
それでも、二人は前へ歩き出す。これは、そんな物語だ。
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