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こんな時代に職を失ったら

 それから、レーナとトウコは別行動を取った。レーナはミナトを病院に。トウコはリトナ区が浄化されたことを役場に報告へ。


 ミナトは病院に運ばれてから、一時間も経たぬ間に目を覚ました。日に医者はこう言ったらしい。


「コア・デプレッシャに変化したにも関わらず、目覚めがこれだけ早いということは、かなり良いメヂアが使われたようだね」


 しかし、レーナは医者の意見を聞いても、ただ呆然とするべきだった。なぜなら、ミナトが目覚めてすぐのこと……。


「ミナトくん!」


 ゆっくりと目を覚ますミナトに、レーナはつい興奮してしまう。あと少しで抱き着くところだったが、どこか冷静な自分が、それはやりすぎだろう、と囁いたため(とど)まるのだった。


「レーナちゃん……。俺は、何を?」


 ぼんやりとしたミナトにレーナは首を横に振る。


「何も心配いらないよ。今はゆっくり休んで、元気になったらまた一緒にご飯でも行こうね」


 きっと、あの爽やかな笑顔が返ってくるだろう。自分を助けたレーナに感謝し、もしかしたら一生添い遂げ、この女に自分の稼ぎを費やそうと思ったかもしれない。



 そしたら……夢の年収1000万越えの旦那をゲットだ。



 そう思うと、レーナの笑顔はより輝きを増す。しかし、ミナトはどこか遠くを見つめ、何かに吹っ切れたような笑顔のまま、一向に言葉を返してこない。


「ミナトくん?」


 呼びかけると、ミナトはレーナを見て、どこか決まり悪そうな表情を見せる。



「ごめん、レーナちゃん。俺、すごく大事な人がいるんだ。その人と一からやり直したい。だから、君とは……もう会えないと思う」


「へぇ??」



 このとき、レーナは腹の中で蠢く感情が、どういったものか理解できなかった。怒りや悲しみとは……少し違う。


 ただ、ぼんやりとトウコが見せたシアタ現象が頭の中に浮かび、自分の中で何かが沈んでいくような気分だった。





 次の日、レーナは正午前に起きる。


「……あ、仕事行かないと」


 夢から覚めた。まさに、そんな気分だ。ゆっくりと起きて、数日前に比べて色が失われたような八畳のワンルームで身支度を整え、ギルド(会社)へ向かう。


「おはよーござーまーす」


 破棄のない挨拶と共に、オフィスへ到着し、自分の持ち場へ向かうレーナだったが……。


「おはようございます!」


 いつも自分が座っている受付に、知らない女がいた。



「だ、だれ?」


「新人のスズキです! よろしくお願いします!」



 ハキハキとした調子で挨拶するスズキを前にして、何が起こったのか理解できないレーナだったが、いつも彼女に厳しい態度を取る後輩が現れた。



「あー、スズキさん。その人には挨拶しなくて良いよ。それより、さっきお願いした資料作りは進んだ?」


「はい。チェックお願いします!」


「誰かと違って早いねー。どれどれ」



 なんだ? なにが起こっている?

 そこは私の席だろうが。


 いつまでも混乱したまま突っ立っているレーナだが、スズキに対し熱心に指導する後輩が、道端に放置された汚物でも見るような目で彼女を見た。



「シシザカさん、何やっているんですか?」


「それは私のセリフだろ。そこは私の席だ。誰だよ、スズキって」


「昨日からここで頑張ってもらっているスズキさんです」


「……じゃあ、私の席は? どこに座ればいいんだ?」



 辺りを見回し、自分の居場所を探すレーナを見て、後輩の彼女は笑みを押し殺しながら言う。



「どこって……。どこにもありませんよ。シシザカさんはクビですから」


「へっ?? ど、どうして?」


「どうして、って……本気で言ってます? 仕事中に何も言わず帰って、無断欠勤ですよ? そもそも、普段の勤務態度も最悪なんですから、当然でしょ?」



 後輩の彼女はゴミでも払うように手を振る。



「さぁ、もう部外者なんですから、出て行ってください。警備員の方、呼びますよ? あ、力でねじ伏せたたら犯罪者ですからね? それとも、騎士団の次はエリアル王国を追放される覚悟があるんですか?? さすがは血塗れのレーナ(ブラッディ・レーナ)ですね」



 今までの恨みを晴らすように、嬉しそうにまくし立てる後輩の彼女。確かに少し前のレーナであれば、ギルド(会社)を更地にしてしまうほど暴れたかもしれない。


 しかし、彼女も少し大人になったし、何よりも頭の中には昨日見たシアタ現象の光景でいっぱいだったせいか、怒りの感情は湧いてこなかった。



「ってことは……私は無職か?」



 勇者をクビになったとき、一度だけ結婚相談所に行ったことがある。そこのスタッフには「今の時代、無職は女でも結婚のハードルが一気に高くなるから絶対ダメよ」と言われて、何とかギルドの受付の仕事にありついたのに。


「これ以上、結婚のハードルが高くなったら、私は……。そうだ、トウコ!!」


 レーナはトウコを探すため、ギルド(会社)を飛び出し、街中を走り回った。しかし、昨日はドタバタしていたこともあり、二人は連絡先を交換せずに分かれている。


 唯一の頼みの綱も、その手から離れていた。いや、掴んですらいなかったらしい。


「け、結婚したいよう……」


 ついに心が折れて、街中で蹲ってしまうレーナ。魔王討伐という目標を達成してしまい、勇者と言う天職を失い、結婚という最後の幸せも手に入らないのだとしたら、自分はどうすればいいのだろうか。


「結婚。結婚。結婚……」


 呪いのように、その言葉を呟くレーナだったが……何かがおかしい。


「結婚、結婚……あれ??」


 今まで、結婚と口にすれば、心の底から渇望するような、強い情念が湧いてきたはずなのに、それが感じられない。


「どうしちまったんだ……??」


 自分はショックのあまり壊れてしまったのだろうか。いや、違う。別の何かが心の中で騒めいている。だけど、その正体にレーナは気付かなかった。


 この五秒後までは。

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