メヂアの暗い歴史
ウィスティリア魔石工房に戻ると、直接の依頼人である、秘書の男が待っていた。ハリスンを引き渡すが、彼は特に安心した様子もなく、ただ小さく頷く。
「ご苦労様でした。報酬は後程」
そう言って、自分が用意した馬車にハリスンを乗せて、ウィスティリア魔石工房を立ち去ってしまうのだった。
「お疲れ様、レーナちゃん」
トウコの笑顔を見て、レーナは全身の体が抜けるようだった。
「……疲れた。今回はマジで疲れた」
潜入のため、自分を装うだけでなく、慣れない生活を続けた最後に待っていた結末があれなのだから。
「大変だったねー。……ん?」
トウコがメガネを押し上げながら、レーナに顔を寄せる。
「レーナちゃん、呪いが溜まってない??」
「……分かるか?」
驚いたのはトウコだけではない。
「強靭メンタルのレーナさんが呪いを溜めるって、どんな環境だったんですか??」
ゼノアの質問に、レーナはどこまで話すべきか迷い、トウコの方を見る。当の本人は何やらメヂアの在庫を漁っているようだ。
「うん、これがいいかな。レーナちゃん、呪い取ってあげるね」
トウコの治療によって、少しずつ気分が晴れていく。
「とんでもねえ場所だったよ」
レーナは少しずつミューズの楽園で送った生活について話す。ただ、トウコが何をどう感じているのか注意しながら。しかし、彼女はレーナの治療を終えると、メヂア作りに戻り、片手間で話を聞くだけだった。
「で、黒いメヂアを使われて、急に呪いを吞まれてな。マジで死ぬかと思ったぜ」
「……っていうかさ、レーナちゃん」
呪いを作り出すメヂアに興味を持った、と思われたが……。
「もしかして、メヂア作ったの??」
「え?」
「だって、そんな場所にいたらメヂア作るよね? 作ったよね? どんな内容で作ったの??」
額と額がくっ付きそうな距離で問い詰められるレーナ。なんだか今にも食べられてしまいそうな、そんな気迫を放つトウコに、さすがのレーナもたじろぐ。
「つ、作ってねえよ!!」
「……本当に??」
「……それどころじゃなかったからな」
「なーんだ。レーナちゃんが作ったメヂア、見てみたかったのにな」
トウコの興味が逸れたので、ほっとしたが、なぜウソをついたのか、と自分に問いただしてみる。どんなものを作ったのか話すのは恥ずかしいし、そもそもあのメヂアはどこに行ったのだろう。ミューズの学園に置いてきてしまったのだろうか。
「それにしても、黒いメヂアかぁ」
本題の方にトウコの思考が向けられる。
「人に呪いを送り込むなんて可能なのか?」
「うーん……昔のことだから詳しくは知らないんだけど」
トウコは遠い目を何もない壁に向けながら語った。
「クリエイタって言葉もなかった何十年も前は、そういうことがあったみたいだよ。メヂアの呪いを使った大犯罪があって、動機も理解できないものだったから、毎日のように報道されたんだって。その影響で錬金術師とメヂアのファンは犯罪者予備軍みたいな扱いを受けたらしくてね。メヂアファンって言うだけでも、奇異な目を向けられたんだって」
「そう言われてみると、私たちが学生だった頃は、錬金術科に通っているってだけで、少し変な目で見られていなぁ」
「そうそう。でもね、そんな嫌な雰囲気をひっくり返してくれたのが、ノノア先生だったんだよ」
トウコの表情が明るいものになる。
「先生のメヂアは、シアタ現象を一気にアートと言われるレベルまで持ち上げたから、錬金術師を嫌な目で見てくる人たちまで注目していったの。そこから、素人もどんどんメヂア作りに挑戦して、NHアーカイブみたいなものも作られてさ、クリエイタって言葉も出てきたって感じかな」
「それは良いけどよ……」
レーナが懸念すべき点を指摘しようとした瞬間、ウィスティリア魔石工房の電話が鳴った。
「はい、ウィスティリア魔石工房です」
ゼノアがすぐに対応してくれたが、その表情が少しずつ曇っていく。
「は、はぁ。分かりました。では準備を進めておきます」
きっと仕事の依頼のはずなのだろうが、電話を切ったゼノアが溜め息を吐くので、トウコが首を傾げた。
「それが……さっきの秘書から電話があったんですよ。ハリスンくんの呪いを浄化するための、メヂアを作ってくれって」
レーナはゼノアが溜め息を吐いた意味を理解した。嫌な仕事がやっと終わった。そう思っていたのに、まだまだ続いていたのだ。
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