偽りの楽園
レーナはハリスンを引っ張り、ミューズの楽園に戻る。ユズたちの目的が何か。残っているスタッフから聞き出せるかもしれない、と思ったのだ。ただ……。
「なんだよ、もぬけの殻じゃねえか」
ミューズの楽園には何も残されていなかった。どれだけ回っても、あれだけいたクリエイタもスタッフも、誰一人としていない。
「おい、これはどういうことだ! 説明しろ!」
項垂れるハリスンを揺するが、彼は涙とよだれを垂らしながら、黙り込んでいる。かなりショックを受けているらしく、これ以上質問を続けたら、デプレッシャ化してしまう恐れもあるだろう。ハリスンから情報を引き出すことは諦め、舌打ちしながらも、レーナは施設を見回りを続ける。
「……これは?」
Aクラスの教室に入ると、レーナの足元に何かが転がってきた。拾い上げてみると、ハリスンがレーナに向かって使った黒いメヂアだった。
「まだ呪いが封じ込められている?」
だとしたら、同じタイプというだけであって、あのときとは別物ということだ。
「あんな危険なメヂアが他にもあるとしたら……本当にあいつは何が目的なんだ?」
一人首を傾げるが、いくら考えても答えが見つかるわけもなく、レーナはハリスンを引っ張りながら、ミューズの楽園を後にした。延々とハリスンを引っ張って、街まで歩くのはなかなかの重労働だったが、何とか昼には文明の気配がする場所に辿り着く。
「私だ。いまハリスンを確保して、ミューズの楽園を出てきたところだ」
電話の相手はゼノアである。
「お疲れ様です。すぐに迎えを送りますね」
「あ、トウコにはまだ伝えるなよ」
「どうしてですか??」
レーナは自分の足元で項垂れたまま動かないハリスンを見て溜め息を吐く。
「クリエイタの楽園を一目見たいとか言い出しそうだからな」
「一目見るくらい、いいじゃなですか」
「いや、あいつは……こんなところに近付くべきじゃない」
それから、一時間ほど経ってゼノアが手配した馬車がやってきた。投げ込むようにして、ハリスンを乗せて、田舎町を離れる。ここからウィスティリア魔石工房まで何時間かかるだろうか。
「……僕は、父のところに戻されるのですね」
落ち着きを取り戻したのか、ハリスンが口を開いた。と言っても、その視線は足元に向けられ、表情までは分からない。
「そういうことになるだろうな。悪いが、こっちも仕事なんだ。恨むなよ」
「……やっと、居場所を見つけたのに」
「大人しく実家でやり直せ。あんなところに居ても、クリエイタとして成功することはねえよ」
「分かっているよ、そんなこと!!」
先程まで抜け殻のようだったはずのハリスンが、怒りによって凄まじいエネルギーを取り戻し、今にも飛びかかってきそうな表情でこちらを睨み付けてきた。これにはレーナも驚いて、彼の表情を窺う。ハリスンは怒りに震えながら語った。
「僕に才能がないことなんて、最初から分かっていたよ。でも、創作が好きなんだ。好きで好きで好きで仕方がなかったんだ!」
拳を自らの膝に叩きつける。
「地獄みたいな毎日だったよ。好きが少しずつ嫌いになっていくばかりで……。最初は自分が好きなようにメヂアを作った。だけど、誰からも見てもらえなかったんだ。そこからは工夫したよ。チャレンジしたよ。悔しかったから、絶対にいいものをつくってやるんだって。好きじゃない表現も取り入れたし、流行りものにも手を出した。誰かに見てもらえるなら、どんな手段でも選んでやるって、がむしゃらに続けた。一周回って、自分の好きなものを描くって気持ちに立ち返ったけど……それまで以上に誰も見てくれなかった。そしたら、思ったんだ。今まで何をしていたんだろう、って」
少しずつハリスンから怒りの感情が抜けていく。そこに残った感情は……。
「好きにやっても上手く行かないし、上手くやろうとしても好きになれない。僕はメヂアが好きだったのかな。そんな風に思うと疲れてしまった。必死にメヂアの構成を考えるのも、少しでも綺麗に加工することも、他のクリエイタが評価を返してくれるって期待してポイントを入れることも……。何もかも、全部無駄なんだって、本当に疲れちゃった」
レーナは窓の外に視線を向ける。昔だったら、こんな感情をぶつけられても、黙っていろと一蹴したかもしれない。しかし、トウコと出会ってから、あの呪いを受けてしまっては、そんなことも言えなかった。彼は続ける。
「そんなとき、やっと見つけたんだ。ミューズの楽園を。あそこは優しかった。誰もがクリエイタの痛みを知っていたから。あそこにいても、成長はできない。クリエイタの魂も死んでいくって、飼い殺しみたいなものだって、分かっていた。それでも幸せだったんだ。好きなことを好きなようにやって、誰もが認めてくれたから……」
そして、ハリスンは嗚咽を漏らしながら、消え入りそうな声で呟いた。
「それなのに……もう戻れないんだ」
そこからは、馬車の走る音だけが聞こえた。少しずつミューズの楽園は彼方に消えていく。幻だったかのように。いや、そんな場所は最初から存在しなかったのだ、とレーナは思う。ただ、ハリスンにとっては、それでよかった。厳しい現実よりも、優しい幻の中で生きている方が、彼にとっては幸せだったのだ。
――トウコだったら、どう思うのだろう。
そう思って、レーナは考えることをやめた。
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