夢はいつから挑戦したって
「久しぶりにやったけど……様になっているならよかった、です」
どういった調子で話すべきか戸惑いながら、褒められたことに照れくささを覚える。だが、女の方はレーナの発言に違和感を覚えたのか首を傾げた。
「久しぶりなの? ここにくる人はメヂアが大好きで年中創作のことばかり考えているのだと思っていた」
まずい、とレーナは動揺を隠す。
「いや、その……本業が忙しくて、ぜんぜん触れてなかったから。夢を諦めきれず、仕事をやめて、ここに……」
設定に不自然はないだろうか。疑いを持たれている気がして、目を逸らすが、女の表情が柔らかく変化する気配があった。
「そうなんだ。……私と同じね」
そこには共感に近い感情が見られた。仲間を見つけた。そんな喜びなのかもしれない。
「ねぇ、よかったら少しお話しない? きっと、歳も近いでしょうし、仲良くなれる気がするの」
「う、うん……」
二人は教室を出て、屋上に出た。自然に囲まれた施設の全容が見渡せる。どうやら、四つの建物が寄り添うように集まり、深い森に囲まれているようだが、他には何もない。どれだけ人里から離れているのだろうか。
「私、ユズ。よろしくね」
女、ユズの自己紹介にレーナは振り返る。長い黒髪に涼し気な瞳は、彼女の人見知りしない性格を際立たせているように見えた。
「私はレイミ、です」
名乗るとユズはおかしそうに笑う。
「どうして自分の名前なのに言いにくそうなの?」
「えっと……」
「あ、分かった。本当は丁寧な言葉で喋るの苦手? 普段通りに喋っていいのよ?」
本当は自分の名前ではないから、という理由なのだが、ユズが指摘したことも間違ってはいない。
「じゃあ、うん。普段通りに喋るわ」
「そうそう。凄く自然で良いと思う」
運が良いことに、この施設の基本的な情報を引き出せそうな相手を見つけられた。さて、まずは何を聞こうか。いや、焦るのもよくない。そんなことを考えていると、ユズの方が先に口を開いた。
「私ね、子どものころからメヂアが本当に好きだったの」
そうか、ここに来るきっかけを話すのだろう。レーナは黙って頷き、続きを促した。
「メヂアって綺麗な球体で、凄くキラキラしている。形から好きだったの。それで、シアタ現象なんて素晴らしいものまで見せてくれる。子どものときは、自分の魂に刻み付けるみたいに、何度も同じシアタ現象を見ていた」
メヂアが好きなやつは、誰もが似たような人生を送っているのだろうか。いつだか、トウコも似たようなことを言っていた気がする。自分は勉強が嫌いだったから、何となく錬金術学科がある学校へ進学したのだが、そっちの方が知識と努力の量がものを言う場所だったとは思いもしなかった。
「いつかは自分のメヂアを作りたいと思っていたけど、日々の忙しさに追われるばかりで、ただ生活を維持するだけで精一杯だった。メヂアを作るなんて……環境に恵まれた人間だけなのよ」
それは分かる気がする。自分だって、三十前には結婚したいという気持ちがあったが、まったくと言っていいほど上手く行かなかった。生きるために勇者なんて道を選んでしまったせいで。きっと、別の道を選んで、違った環境に生きていたら、すぐに結婚していたはずだ。うん、そのはずだ。
「でも、この歳になっても諦められなかった。ううん、この歳になったからこそ、チャレンジしてみようって気持ちになったのかも。だから、大金払ってここに入居した。だって、やりたいこと、やれないまま人生終わるって凄いもったいないことじゃない?」
「うん。私もそう思うよ」
相槌を打ちつつ、レーナはどうしてもトウコのことを考えてしまう。
「私の知っているやつなんかは、好きなことだけやって生きているよ。上手く行かないことばかりで、生活もギリギリだけど、楽しそうに生きている。あんたも……いや、私たちもそうなれるさ」
「そうね。貴方のお友達が凄く羨ましい」
実際、レーナはトウコを羨ましいと思ったことはないのだが、やはり人によっては恵まれていると思うのかもしれない。
「そういえば、ここにハリスンっていうクリエイタ志望の男はいないか?」
少し唐突ではあったが、レーナは思い切って聞いてみる。もちろん、言い訳も添えなければならない。
「その、私にここを紹介してくれた人の親戚でさ、会ったら挨拶しないとなって思っていたから」
ユズは納得してくれたのか、小さくうなずいた。
「ああ、ハリスンくん。あの若い子ね」
「知っているのか??」
「うん。Aクラスの子だから最近は話す機会もないけれど」
「Aクラス?」
ユズの説明によると、この施設は四つの建物に別れ、一つはスタッフ用、残りの三つはAからCのクラスに別れた入居者たちに利用されているらしい。Aは芸術家として芽が出る可能性が最も高い、という評価となるらしく、例の息子はそれなりに才能があるようだ。
「私たちCクラスとは生活する場所が違うから、偶然顔を見ることはないかもしれないわね」
「そっかー。まぁ、運が良かったら声をかける程度の気持ちでいるとするか」
と言いつつもレーナは考える。これは忍び込むしかない、と。
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