◆サイコロジ・ダイブ
さてさて、どうやらやっとこ私の出番がやってきたようです。
レーナちゃんの強さには本当に驚いたけれど、ここで私がしっかり仕事をしないと全部が台無しだからね。
それに、せっかくだから良いところを見せて、あわよくば一緒に働きたいって思えてもらえたら、言うことなしなんだけどなぁ。
「おい、トウコ。何をやっているんだ?」
いつまでも一人考え込む私に、兜を取ったレーナちゃんが声をかけてきた。
うーん、美人なのに、なんでこんなに怖いんだろう。
「精神統一だよ。これから、サイコロジ・ダイブを試みるんだから、ちょっとくらい緊張するものなの」
「……悪かった。でも、ミナトくんが目覚める前にケリを付けたい。早めに頼む」
「はいはい。それじゃあ、始めますよ」
真冬の雪に包まれたような大地に横たわるミナトくんの、ちょうどお腹のあたりにメヂアを置き、私は彼の傍らに腰を下ろす。
久しぶりだけど、大丈夫かな。
何よりもシアタ現象が発生したときの、レーナちゃんの反応が気になるけど……
今はそれどころじゃないよね。私は目を閉じて、何度か深呼吸を繰り返す。
よし、行ける。やってみる。
「ダイブ開始」
瞼によって光は閉ざされているはずなのに、真っ暗な景色の中に、光の筋がいくつも現れる。それは徐々に増え、いつの間にか視界は光で満たされた。
「俺は仕事が好きなわけじゃない。ただ、君のために働いている。どうして、それが分からないんだ?」
お、聞こえてきました。ミナトくんの声です。卒業して以来だから懐かしいな。
どうやら成功したみたい。
メヂアを通して、彼の精神に干渉するサイコロジ・ダイブによって、記憶の一部が垣間見えてきました。
「ミナトは分かっていない。働くことは偉いと思うし、ミナトの仕事はたくさんの人を助ける立派なものだと思うよ。だけど、今は……そうじゃないんだよ。前に進むだけが幸せを守ることじゃないんだよ」
えーっと、これは誰の声だろう。女の人みたいだけど。
「じゃあ、どういうこと?」
「ただ……一人にしないでほしい。一緒に後ろを振り返って、後悔して欲しいだけなの」
「僕だって後悔している。残念なことだったって、涙する日もあるさ。でも、立ち止まってはいられない。立ち止まっていたら日々は勝手に進むんだ。俺だって君と一緒に過去を悼む時間が欲しいよ。でも、そうしていたら……生活はままらならない」
「だから、二十四時間一緒にいて欲しいとは言っていないよ! 少しだけでいいから、早く帰ってきて欲しいってだけ。できるなら……休みの日も増やしてほしいけど」
「できるわけがないだろう。今やっと会社が軌道に乗ったんだ。だから、もう少しで……俺たちは幸せを取り戻せるさ」
「……そうかもしれないけど」
「もう行くからな」
ミナトくんは部屋を出て行ってしまう。残された女性は、誰もいない部屋で涙を流す。
「ごめんね、ミナト。私は一人ではいられない」
それから、どれだけの月日が流れたのだろう。彼女はミナトくんの元を去ったみたいだ。
「俺がどれだけ君のために身を粉にして働いたと思う? 少し寂しいくらいで、俺を捨てるのか!?」
「そうじゃない。違うんだってば……」
その後、女性は別の男の人を頼ったみたい。それは、ミナトくんにとっては裏切りとしか思えなかったみたいだけど……。
「私はミナトが好き。だけど、今は一人に耐えられないの。あのときは、幸せがここにあると思っていた」
女性はお腹に触れながら言う。
「なのに、私は守れなかった。その罪悪感に一人では耐えられない。今はただ寄り添ってくれる人が欲しいの」
女性が去って、ミナトくんは気付く。
「俺は逃げていた。本当は君を一人にするべきじゃないことくらい、分かっていたんだ。でも、どんな声をかけてやればよかった? どうやって支えてやるべきだった? 俺には分からなかった。だから、君のためだって言い訳をしながら……仕事に逃げていた」
なるほどなぁ。ミナトくんの記憶は断片的だったけれど、事情は何となく分かったかも。
『リナト地区にコラプスエリアが拡大中。コア・デプレッシャの存在も確認され、騎士団による浄化作戦が検討されている』
ミナトくんはニュースを見る。リナト区。それは、女性が住む街だ。
「私が間違っていた。ミナトがいない生活は思ったよりもつらい」
そのメッセージは、ミナトくんがニュースを見るより、少し前に届いたものだった。人のデプレッシャ化は強い絶望によって引き起こされる。彼女はミナトくんと別れてから、自分の生活に絶望してしまったのだろう。
「助けないと……!」
ニュースを見てから、ミナトくんはずっと不安だった。彼女をデプレッシャ化させてしまったのでは、と。だから、一人で白い大地を歩いた。
彼女を救う手段はたった一つ。
彼女の絶望を引き取って、自分がデプレッシャになることだ。
白化する自らの手を見つめ、ミナトくんは思った。
「最初から、もっと君を大切にするべきだった。そんな答えに辿り着くには遅すぎたのかもしれない。だから、せめてこの呪いを……俺に背負わせてくれ」
こうして、彼は彼女の呪いを受け止めて、コア・デプレッシャとなった。
「遅すぎた。もう彼女との絆は取り戻せないかもしれないが……俺にできることは、こんなことだけなんだ」
沈みゆく彼の心。私はそんな彼に寄り添い、そっと声をかける。
「大丈夫。まだ遅くなんかないよ。元の姿に戻ったら、その気持ちを……もう一度彼女に伝えてみて。きっと、上手く行くよ」
そして、私に意識は彼の精神の奥から浮上していく。サイコロジ・ダイブが終わろうとしていた。
「トウコ……。どうだった!?」
目を覚ました私の肩を、レーナちゃんが揺さぶる。私は目をこすりながら、成果を報告しなければならなかった。
「ダイブは成功したよ」
「……じゃあ、ミナトくんは??」
「うん。助けてみせる」
期待の光を瞳に宿すレーナちゃんに、私は微笑んで見せた。
「さぁ、シアタ現象を始めるよ」
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