潜入開始!
「お客さん、到着しましたよ」
「あーい」
長時間に渡る馬車の移動を終え、レーナは体を伸ばす。代金を支払い、馬車を降りると日の光が眩しかった。目が光になれると、例のチラシで見たあの白い施設が。
「思ったより……大きいな」
「レイミさんですか?」
施設の大きさに目を奪われていると、すぐ傍で声がった。視線を向けると、そこには……。
(い、イケメン……!!)
メインゲートと思われる黒い柵の前に、スラっとした男が立っていた。歳はいくつだろう。たぶん、そう離れてはいないが、童顔のタイプだ。まるで、天使のような笑顔が特徴的である。
「あ、はい。レイミ・クマサカです!」
レーナの無駄に明るいリアクションに対しても、男は日向のような笑顔で対応した。
「僕はシノダと言います。このミューズの楽園のスタッフです」
「シノダさんはいくつなんですか??」
「え、三十三ですけど?」
やっぱり! 童顔だけどちゃんと経験は積んで頼れる感じも出てきている。どうやって自然に連絡先を聞くか……。
(いや、いやいや。今回は目立っちゃダメなんだ。大人しくしないと)
一人でぶつぶつと呟くレーナの顔をシノダが覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「だ、ダイジョウブです」
私はトウコ。トウコ系の女だ。そう言い聞かせ、少し背を丸める。
「では、さっそく案内します。こちらにどうぞ」
黒い柵を通過し、施設の方へ向かう。周辺は深い森に囲まれ、鳥のさえずりがよく響く。どれだけ人里から離れているのだろうか。空気も透き通っているような気がした。
巨大施設は内観も白が基調となり、病院に近いものがあるが、何となく作りが違う。やはり、宗教的な何かを感じさせる。奥に進むとたくさんのドアが並ぶ通路に出て、その一つの前でシノダが立ち止まった。
「ここが貴方の部屋です」
そういって扉を開けると、人一人が寝るだけに用意されたと思われる、慎ましい空間があった。つまり、この辺りは居住者のプライベートな部屋が並んでいるのだろう。レーナはもう一つ気付いたことがあった。
ドアの前には木札があり、そこに「レイミ」と書かれていた。どうやら、誰がどこの部屋を使っているのか、これを見ればいいようだ。例の息子を探すときも、これがあれば問題ない、と観察しているとシノダに声をかけられる。
「まずは荷物を置いて……楽な格好に着替えたいようでしたら、五分ほどお待ちしますが、いかがしますか?」
「荷物を置くだけで、大丈夫です!」
「そうですか」
ニッコリと笑うシノダに胸を弾ませながら、レーナは荷物を置いて、渡された鍵で扉にロックをかける。
「では、次に最も人が集まる食堂を案内しますね」
食堂はかなり広かった。長い机がいくつも並び、カウンターの奥にキッチンがある。例の息子……確か名前はハリスンといったはずだが、事前に依頼人から写真を見せられているので、その姿を探すが、とりあえずここにはいないようだ。
「食堂は六時から二十一時まで、好きな時にご利用いただけます。もちろん、無料です」
「はぁ、凄いですねぇ。でも、人が少ないような……」
ちょうど昼時のはずだが、席は半分も埋まっていない。
「みんな自分の創作活動に夢中ですから。食事の時間はまばらなんです」
なるほど、確かにトウコも放っておくと何も食べない。ここにいる連中も、そういうタイプなのだろう。そのあとも、日常生活に必要な設備を案内されたが、一通り終わったらしく、本題に入るようだった。
「それでは、教室を案内しましょうか。えっと、レイミさんはメヂアのクリエイタを志望ですよね?」
「はい。母の影響でメヂア作りが好きだったもので!」
「良いお母さんですね」
そして、案内された場所が、その名の通り学校の教室のような場所だった。たぶん、三十名ほどの人間が机に向かって何やら作業に集中している。ここにも例の息子、ハリスンはいないようだ。
「空いた席を使ってください。あ、そこの席が良いですね」
シノダに言われるまま、空いた席に座ると、周りの人間が魔石を加工しているのだ、と理解した。
(懐かしいな。学生時代は、まさにこんな感じだった)
どこから持ってきたのか、シノダに魔石を渡される。
「何か質問はありますか? なければ、あとは自由に創作を楽しんでください」
「えっと……」
カノジョはいるのか。休日の過ごし方は。そんな質問をぐっと堪えて首を横に振る。
「大丈夫です!」
「では、分からないことがあれば周りに聞いてください。私はこれで」
イケメンが行ってしまう。肩を落として、手にした魔石を弄びながら溜め息を吐いた。たまに会話が聞こえるが、多くは作業に集中しているらしい。基本的には静かな空間だ。
(仕方ない。こいつらの中に溶け込むためにも……やるか)
レーナは十年以上ぶりになる、魔石の加工を始めた。一時間も作業すると、ごつごつとした角だらけだった魔石が、少しずつ球体に変化していく。悪くない、と思っていると隣の席の女がレーナの手元を覗き込んできた。
「まぁ、凄い上手なのね」
自分と歳も変わらないだろう女だ。よし、この女から情報を引き出そう、とレーナは愛想笑いを返すのだった。
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