しばしのお別れ
レーナが出発する前日の夜。トウコは自宅で魔石を加工していた。
「よし、これで完成」
何とかメヂアの形にしたところで、スマホが着信を示して光り出す。
「げっ、お姉ちゃんだよ……」
姉のレモネから電話ということは、トウコの人生について口煩く言われる時間が続いてしまう。レーナを怪しい施設に送り出す前日のメンタルで、姉とは話したくはなかったが、あまりにしつこかったので応答することにした。
「ちょっと、トウコ! 貴方の工房が休業するって、どういうこと!?」
「な、な、なんで知っているの??」
レーナが数日不在となれば、新しい依頼は受けられないため、工房は休みにしたわけだが、姉はその情報をいち早く察知したらしい。
「当たり前でしょう! 貴方がちゃんと働けているのか、見てあげないといけないんだから」
「余計なお世話だってば!!」
「それで?? 工房は潰れるわけ?? 次の転職先、決まっているの!?」
それから、数十分に渡って姉からさまざまな質問を受ける。
「いい加減、結婚も視野に入れなさい。貴方はね、自分で生活力を付けるよりは、誰かに支えてもらいながら生きた方が良いわよ。その方が大好きなメヂアだって作れるかもしれないんだから」
「そういうの理解してくれない相手だったらどうするの? いや、そうじゃなくて……明日も早いからもう切るよ! じゃあね!」
強引に電話を切ると、やっと静かになったか、と猫のタラミが近寄ってきた。
「参っちゃうよね、本当に」
タラミを撫でながら、トウコは溜め息を吐くのだった。
朝が来る。トウコは大急ぎで、レーナがいるはずの馬車乗り場へ向かって走った。
「レーナちゃん! ……レーナちゃん??」
早朝の馬車乗り場に、赤い髪の女が一人立っている。もちろん、レーナだと思って声をかけたのだが、どうも様子がおかしい。
「おう、トウコか。わざわざどうした?」
「どうしたって……レーナちゃんこそどうしたの??」
「ああ、この姿か? 変装だよ。変装」
彼女のトレードマークとも言える髪は、ツインテールに束ねられ、見るからに冴えない黒縁のメガネで表情を隠しているではないか。モデルのような美しさを持つレーナだが、格好を変えるだけで、ぱっとしない感じを演出されている。ただ、美しさが隠しきれていない部分もあるが……。感心していると、レーナは意地悪な笑顔を見せながら言った。
「テーマはトウコだ。お前っぽいだろ?」
「私のこと、そんな風に見てたの?」
あまりにアナログなオタク的のセンスだったので、納得は行かなかったが、ここで言い合っても仕方ない。
「レーナちゃんのことだから大丈夫と思うけどさ、ちょっと心配になっちゃって。これ、持って行ってよ」
「なんだ、メヂアじゃないか?」
レーナをイメージした赤いメヂアだ。
「うん。使うことあるか分からないけど、エリアルドームのときに役立ったから、お守りと思って持っていてほしいな」
「分かった。ありがとな」
そこから、二人はベンチに座って、何気ない会話を続けた。
「ミューズの楽園って、どんなところなのかな?」
「興味あるのか?」
「そりゃね。創作活動を続ける人間にとって理想の環境とか言われると、気にはなるよ。まぁ、私は今の環境が十分理想だから良いけどさ」
「うちの工房に取り入れられそうなものがあるか見てきてやるよ」
「うん。だけど……無理はしないでね? それから、ちゃんと帰ってきてよ」
「私が捕まって闇に葬られるとでも思うか?」
からかうように笑うレーナだが、トウコは真剣そのものの表情で首を横に振る。
「それは心配してない。レーナちゃんより強い人なんていないもん。だけど……今の生活よりも理想の場所だって、レーナちゃんが思ったりしたら、どうしようかなって」
「そんなわけあるか。私はお前みたいに一日中机の上で、魔石触っているような生活はごめんだからな」
「そう、だよね……」
しばらくすると、レーナが乗る予定の馬車がやってきた。
「じゃあな。私がいなくても、ちゃんと仕事はこなせよ」
「子ども扱いしないでよー」
レーナが馬車に乗り込み、遠ざかって行く。見送りを終えても、何とも言えない不安がいつになっても消えなかった。
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