極秘の依頼
晴れた空を見上げながら、ゼノアは腰を伸ばす。今日も忙しい一日が始まる、と工房の前の掃除を終えようとしたところ、声をかけられた。
「あ、ゼノアさん。おはようございます」
訪ねてきた男はかなり端正な顔立ちだが、どこか苦労を重ねた印象があった。そして、どこか見覚えがある。
「あ、イアニスさん?? お久しぶりですね」
ウィスティリア魔石工房に訪れた依頼人かと思われたが、少し前に知り合ったトウコの後輩だと気付いた。
「トウコさんなら、もう少しで到着すると思いますよ。よかったら、中で待っててください」
イアニスを中に通し、お茶を出したところで、ちょうどトウコが現れた。
「おはよー。……あ、イアニスくん」
「先輩、お久ぶりです」
「どうしたの?」
「少し相談したいことがあって」
トウコは荷物を置いてから、自前のパソコンを持ち出し、イアニスの前に座った。
「メヂアのことだよね?」
「はい。先輩が学生時代につくったメヂアなんですが……。たしか、風景ってタイトルの。僕も似たようなものを作りたいと考えているのですが……どう思います?」
「いいんじゃない? でも、私としてテーマ性もなかったし、作る意義もなく作ったものだから、その辺はちゃんと考えた方が良いと思うけど」
「作る意義ですか……。何を訴えたいのか。何を届けたいのか。それが重要だと先輩は言ってましたね」
「うん。結局は人の心に響かなければ意味がないからね」
「なるほど」
それから三十分ほど二人の談義は続く。レーナも出勤してイアニスの姿に気付くと、一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに「あー、あのときの」と冷静になったようだ。そろそろ帰ると思われたイアニスだが、直前でトウコにねだり始めた。
「最後に、先輩のメヂアを見せてもらってもいいですか??」
「えー? うーん、大したものはないよ」
トウコのリアクションを見て、レーナは眉を寄せる。いつもメヂアを見たいと言われるものなら大はしゃぎのはずが、どこか抵抗があるように感じられたのだ。そういえば、前回イアニスが訪ねてきたときも似たようなことがあったような……。
「いや、素晴らしいですね。本当に先輩のメヂアはどれもクオリティが高くて、感動させられてばかりです」
「そんなことないよー」
さらに感想を二つ三つ並べた後、イアニスが帰って行ったので、レーナは気になっていたことをトウコの問いかけた。
「なぁ、トウコ。なんでイアニスにメヂアを褒められても喜ばないんだ?」
「うーん? そうんなことないよ」
「誤魔化すな。お前はメヂアの感想はよだれ出るくらい好物だろうが。感想には逆らえないはず」
「人のことを憐れな生き物みたいに言わないでよ……」
説明を渋るトウコだったが、レーナの追及に折れたようだった。
「……ショック、受けないでね?」
「なんで私がショック受けるんだよ」
「学生時代、イアニスくんに告白されたんだよね」
目が点になるレーナの横で、トウコは過去に想いを馳せる。
「さすがに今も同じ気持ちとは思わないけどさ、そんなことがあってから、イアニスくんの感想が信じられなくて。本当に私の作品が好きで、あんな風に褒めてくれているのかな、って疑っちゃうんだよね。烏滸がましいことかもしれないけどさ」
「……そ、そう。ふーん。そうね、良くある話しだわね」
明らかに取り乱すレーナ。彼女がなぜこのようなリアクションを見せるのか、トウコは分かっている。
「レーナちゃんって、私のこと絶対に男性から相手されない女だと思っているよね?」
「そんなことは……」
目が泳いでいる辺りがもう怪しい。きっと、レーナからしてみるとトウコは自分以上に結婚できない女だから、いつまでも構ってもらえると考えているのだ。失礼な話ではないか。まぁ、実際のところ結婚どうこうよりもレーナを優先する自分がいるのだが。
「あの、僕がいるの忘れてません? 朝からイチャイチャしないでほしいんですけど」
突然、ゼノアが入ってきたため、二人は顔を赤らめる。確かに、二人だけの世界に入っていたかもしれない、と。
「じゃあ、軽く進捗を共有してから今日の仕事を始めますか」
ゼノアが立ち上がり、工房の端に寄せてあるホワイトボードに移動した。進行中の仕事を書き始めたところ、扉が開いて工房には似つかわしくない、スーツを着込んだ男が。
「ご依頼でしょうか?」
ゼノアが腰を低くして近付くと、スーツの男は美しい一礼を見せてから、工房の面々を見渡し、口を開いた。
「はい。特別かつ極秘の依頼があります。ぜひお願いしたいのですが……」
男の目つきは、とても一般社会で生活する人間のものとは思えなかった。そして、この男はウィスティリア魔石工房が始まって以来、最も異質な依頼を持ち込むのだった。
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