毒も薬に
絶叫と共にソフィは起き上がる。周辺を確認するが、血走ったその目は不安と恐怖に溢れている。
「嫌だ! 嫌だ!!」
錯乱したソフィは正面に座るノノアに飛びかかろうとした。が、すぐにロザリアが拘束し、地面に押し付けられてしまう。
「離して! 離せ!!」
ロザリアはノノアに目を向け、判断を促すと、彼は立ち上がってからソフィを見下ろした。
「妬んだところで何も解決しないよ」
ノノアの静かな声に、ソフィは目を剥く。怒りに目玉がこぼれそうな勢いだが、ノノアは無感情に続けた。
「創作の呪いを解く方法は、創作だけ。それができないなら、一生呪いを飲み込んで生きるだけだ。嫌なら今すぐ逃げた方が良い。早い方が蝕む呪いの量は少なくて済むから」
そんな警告にソフィは全力で暴れ出す。ロザリアのバランスがやや崩れるほどの怪力を発揮して。
「うるさい! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」
恨みと憎しみに塗れた絶叫を浴びても、ノノアは顔色一つ変えることなく、ただロザリアに指示を出した。
「ロザリアさん、もういいよ。離してあげて」
「しかし、まだ興奮しているようですよ?」
「大丈夫。この人は今、血を見ることだって怖いはずだよ」
そう言って、ノノアはソフィが落とした包丁を手にすると、指先を傷つけ、滴る血を彼女の眼前に突き出す。
「い、いや……。やめて!!」
同時にロザリアが開放すると、ソフィはどこかへ駆け出してしまい、すぐに二人の視界から消えてしまうのだった。
「……あの方、大丈夫なのですか?」
さすがのロザリアも、あそこまで錯乱した姿を見て心配になったようだ。それでも、ノノアは冷静である。
「大丈夫だよ、呪いは浄化されているわけだし。それに……ああいうの見ると、意外にイメージが膨らむものだから」
「……そういうものですか?」
そこで、タイミングよく騎士団が駆けつけ、気絶したトンプソンを連行した。レーナは救急車で搬送されるようだが、トウコがこちらに気付く。
「先生、ロザリアさん。本当にありがとうございました。また改めてお礼に行きますので!」
「気にしなくていいよ。ただ、例の魔石は返してもらおうかな。少し縁起が悪いから」
「……分かりました」
少し惜しむ様子を見せながら、トウコは例の魔石をノノアに渡し、何度か頭を下げた後、救急車に乗り込むのだった。それを見送った二人は、帰路に付くが、のんびりとした口調でノノアが提案する。
「ロザリアさん、食事でもしてから帰ろうか」
「はい。先生がお好きなものを食べましょう」
最初に見つけた小さなレストランに入り、二人はワインを飲みながら食事を楽しんだ。途中、ロザリアは言う。
「先程のシアタ現象、素晴らしかったです」
「そう? ちょっと粗削りだったけど大丈夫だったかな」
「もちろんですわ。見ていて何だか胸が高鳴りました。でも――」
ロザリアはグラスを置くと、ノノアから目を逸らして、呟くように心内をこぼす。
「先生のシアタ現象を見ると、ときどき思ってしまうのです。いつか先生はどこかへ消えてしまうのでは、と……」
彼女にはノノアの目を見る勇気がなかった。もし、彼の目の中に肯定の感情が含まれていたら、きっと自分は明日から平穏に生きられはしない。最初から口にしなければと後悔するが、もう遅かった。
「……確かに、失踪する錬金術師は少なくない」
ノノアの言葉に、ロザリアは目を伏せたまま耳を傾ける。
「僕らの世代では最も有名な錬金術師であるシトラも消えてしまった」
シトラ。彼がときどき口にする錬金術師の名前だが、ロザリアは詳しいことを知らなかった。
「僕も引っ張られそうになるときはある。でも、この気持ちがあるから、今の年齢になってもメヂアを作り続けられるのかな、と思うこともあるんだ」
「メヂアを作り続ける限り、先生は消えたりしない。そういうことですか?」
「……たぶんね」
ロザリアは少しだけほっとする。朝から晩までメヂアのことばかり考えているような人だ。きっと、これからも作り続けるはず。
「すみません。変なことを言いました。食事を楽しみましょう」
ロザリアはやっとノノアの目を見て微笑みを浮かべることができた。珍しくノノアも微笑みを返してくれたようにも思う。それから溶けるような夜の時間が流れた。こんな日々が続けばいい。ロザリアは密かに願うのだった。
……ただ、二人は忘れていた。何が起こったのか理解できないまま、彼らの自宅で震えて隠れたままのゼノアとタラミのことを。
押し入れの中で抱き合って震えるゼノアとタラミが可愛いと思ったら
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