◆ソフィ②
それからも、私は彼女がいると信じながら、創作活動に励んだ。だけど、何もかも上手く行かない。NHアーカイブに登録したシアタ現象のPV数はまったく伸びないし、SNSで宣伝しても誰も反応してくれなかった。
独りだ。
私は独りで……才能がない。
私の感性。私の経験。私の人格。
すべてが否定されている。
「やめたい……」
これまでは、週末になると習慣的にパソコンの前に座り、メヂアの構成案を作っていたのに、今はそれが嫌で仕方がない。今日は休もう。そう決めたはずが、正午を超えた辺りから不安になる。少しでも進めないと、この感覚は、この情熱は、永遠に失われてしまうのでは、と。
「でも、誰が待っていると言うの?」
誰も期待していないのに。それでも気付くとパソコンの前に座っていた。不毛な作業を独り続ける。もっと有意義な時間の過ごし方があるのではないか。そんな風に考えても、純粋に週末を楽しむ自分のイメージが浮かばなかった。
週が明けると、もう一つの現実に引きずり込まれる。仕事という圧倒的な現実に。消耗した体を引きずるようにして、ふと立ち寄った書店で知った名前を見た。
『注目のクリエイタ!トウコ・ウィスティリア』
目を疑った。そんなはずがあるだろうか。メヂア関係の情報雑誌に彼女の名前があるなんて。しかし、手に取って見るとそれは事実だった。私は逃げるように書店を出て、電気もつけずに自室にこもる。
朝が来るまで、眠ることもなかった。同志のように思っていた彼女が、何か大きなチャンスを掴もうとしている。そんな日がきたら、きっと自分事のように嬉しいのだろう。
そう思っていたのに、いまだかつてなく、胸のあたりが重たかった。何度も吐きそうになった。それでも、日が昇れば仕事に行かなければいけない。……地獄だ。朝から苦手な同僚が声をかけてくる。
「ノムラさん、これくらいやっていおてよ」
うるさい。お前がやれ。文句ばっかりで何もしないくせに。そもそも私の頭脳はこんなことのために使うものじゃない。メヂアを作るためにあるんだ。
やめておけばいいのに、トウコ・ウィスティリアの活動を調べてしまう。どうやら、個人のアカウントによる発信をやめていたらしい。まさか、自分の工房を持って、ガードの他にも人を雇っているなんて……。
私は仕事を休んで、一時間以上かけて王都まで向かい、ウィスティリア魔石工房の前に立った。こんな立派な工房をいつの間に。私は拳を握りしめる。
「おかしいだろ……」
だって、お前は私と同じ、底辺クリエイタだったはずじゃないか。仕事をやめた私は、意味もなくウィスティリア魔石工房を訪れる日々を続けた。何度もトウコ・ウィスティリアの姿を遠くから見ては、お腹の奥が冷えていくような感覚に、奥歯を噛み締める。
なのに……あの女は笑っているのだ。
気付けば包丁を忍ばせ、ウィスティリア魔石工房を眺めていた。今日やると決めていたのに、ガードとスタッフを引きつれている。いつもは一人で帰るのに。
トウコ・ウィスティリアは仲間を連れて飲食店に入った。一時間待っても出てこない。
「じゃあ、また明日な」
「はい、よろしくお願いします」
「お疲れ様ー」
さらに三十分が経って、やっと出てきた。都合の良いことに、飲食店の前で解散したらしい。私はトウコ・ウィスティリアに狙いを定め、歩き出した。
「後悔させてやる」
背中を眺めながら、一人呟く。私を独りにして、自分だけ幸せになろうとするお前を、決して許しはしない。私は包丁を取り出し、女のすぐ後ろに付く。
痛みを知れ。私が苦しんだ痛みの一部でいい。そして、自分が特別だという勘違いを正すべきなんだ。
包丁を突き出す。その寸前、女が振り返った。
「う、ウソでしょ??」
私が手にする包丁に気付いたようだが、もう遅い。
死ね。死ね。死ね!
「騎士団! 騎士団に通報しろ!」
人気がない瞬間を狙ったはずなのに、見ている人間がいたらしい。逃げ出した私は、家に帰ってから恐怖に震える。何てことをしてしまったのだろう。もしかしたら、明日には騎士団がやってきて、私を逮捕するのではないか。
『はじめまして、トウコ・ウィスティリアです』
何事もなく日常に戻りつつあったのに、私はテレビであの女の姿を見る。スポットライトを浴びて、椅子に座っている姿。得意げに微笑んでいるではないか。
「どうして……」
もう別世界の人間になっていた。私と同じだったはずなのに。どうして。
「盗まれた……」
なぜ、そんな言葉が出てきたのか、自分でも分からない。
「本当なら、私がそこにいるはずだったのに。私の居場所を……盗まれた!」
溢れ出す怒り。この女は、あれだけの恐怖を味合わせたはずなのに、分かっていないんだ。取り返さないと。復讐しないと。
かつて、私の頭の中はイメージで溢れていた。
それなのに、今は嫉妬でいっぱいだ。
嫉妬?
いや、それは違う。
これは正当な復讐。正当な権利を主張するだけ。だって、あの女は私と同じだったはず。つまり、私があそこに座っていてもおかしくなかったのだから。
それなのに、あいつが横からかっさらった。私の居場所を。
今度こそ、この切っ先をあの女にくれてやる。そして、私が取り戻す。
私の作品。私の夢。私の工房!
全部を取り戻してやる!
私は包丁を忍ばせ、再び出かけるのだった。
※あくまでエンタメとして物語化したものです。
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