◆ソフィ①
かつて、私の頭の中はイメージで溢れていた。それなのに、今は……。
「何も作れない。……何も何も何も」
頭の中には何もない。昔は時間さえあれば、思考は創作に費やしていた。それが今は、創作のことを考えると、ただ苦痛なばかりだった。
好きだった。創作に溺れることが。だけど今は分からない。
きっぱりとやめてしまえば良かったのかもしれない。だけど、また楽しみを見つけられる気がして、同じ創作活動に勤しむ人々をフォローしてSNSを覗いてみる。
「あ、この人……また行ってる」
たまに見るSNSでは、顔も知らない仲間たちが切磋琢磨しているが、そんな中でも、よく見るアカウントがトウコ・ウィスティリアだった。
『ガードを雇うお金もないので、今日も一人でエタ・コラプスエリアに突撃してきました! あと一歩で死ぬところですが、何とか魔石をゲット!』
彼女の投稿を見て、思わず笑みをこぼしてしまう。私も一番情熱的に取り組んでいたときは、よく一人で魔石を取りに行ったものだ。私は「いいね」を押して、自分も少し頑張ってみようかな、と思った。
「久しぶりに……やってみようかな」
自分と同じで、上手く行かないけど頑張って創作に向き合う人がいる。そう思うと少しは勇気が出てくる。意思表明のつもりで、SNSに投稿してみた。
『久しぶりにメヂア作ってみようかな。いいイメージが浮かぶといいけど』
すると、初めてトウコ・ウィスティリアからコメントがあった。
『初めてコメントさせていただきます。いつも投稿にリアクションありがとうござます。ソフィさんの過去作、とても素敵だったので新作が楽しみです』
見ていてくれた。私のシアタ現象を。たった、140字にも満たないテキストなのに、これだけ私の心を熱くしてくれるなんて。
『ありがとうございます。トウコさんに喜んでもらえるよう、頑張ります!』
一人でもいい。私の作品を褒めてくれるなら。一人でもいい。私の作品を待ってくれるのなら。久しぶりに創作の楽しさを思い出した私の手はよく動いた。葛藤が楽しかった。表現が楽しかった。少しずつ増えるデータ量も、私を躍動させてくれる。
『あと少しで完成する! この瞬間が一番脳と手が動く』
投稿すると、すぐにトウコ・ウィスティリアからコメントが。
『分かります! 完成間近は一番表現したかったイメージに入るから、熱がこもりますよね。完成楽しみにしています!』
ありがとう。ありがとう。あっと言わせるような作品にしてみせるから。
数日後、メヂアを完成させ、シアタ現象をNHアーカイブに登録し、SNSに完成させた旨を投稿する。すると、私の作品にブックマークがついた。ユーザー名はトウコ・ウィスティリアだ。私は心臓を高鳴らせながら、彼女が何を言ってくれるのだろう、と期待を膨らませる。
「いや、期待しちゃダメだよね」
私は自分に言い聞かせる。みんな自分の作品で精一杯なのだ。わざわざ他人の作品にコメントするためにエネルギーを消費できない。トウコ・ウィスティリアだって、必ず感想を投稿してくれるタイプとは限らないのだ。
『ソフィさんのシアタ現象、凄かったです!』
しかし、トウコ・ウィスティリアはすぐに感想をくれた。驚くくらいの長文で。さらには私の一番力を入れた部分や隠れた意図まで汲み取ってくれる。嬉しかった。大変だったけど、これだけ理解してもらえるなら、作って良かったと心から思える。久しぶりに創作が楽しかった。
それから、トウコ・ウィスティリアと私は頻繁にSNS上で会話を交わした。彼女の語る苦労が理解できたし、彼女の語る喜びも理解できた。そして、何よりも……彼女の作品が刺激になった。
「トウコさんの作品すごい。……私も頑張らないと!」
彼女において行かれないよう、彼女に負けないくらいの作品を完成させなければ。私のモチベーションは失われたイメージを復活させ、かつて抱いた喜びを再生させる。何もかも彼女のおかげだ。そう思いながら、幸せな日々を過ごした。
「……最近、トウコさんの投稿見ないなぁ」
だが、しばらくしてトウコ・ウィスティリアをSNSで見なくなってしまった。もしかして、デプレッシャになってしまったのだろうか、とニュースを漁るが彼女の名前はない。もしかしたら……。
「結婚でもしたのかな」
生活が変われば、創作に費やす時間もなくなる。SNSから離れるのも仕方がないことだ。それから、私のモチベーションも緩やかに下がっていく。NHアーカイブに登録している人間はトウコ・ウィスティリアだけじゃないのに、彼女のほかには誰も私の作品を評価してくれない。
別のクリエイタの作品に感想を投稿すれば、私の作品に興味を持ってもらえるかも。そんな風に思ったが、私が一方的に感想を投稿するだけで、誰も振り返ってくれはしなかった。まるで、私という存在そのものを否定されているような日々が続いた。
『未だかつてないスランプでしばらく離れていましたが、もう少し頑張ってみようと思います!』
しかし、トウコ・ウィスティリアが投稿を再会する。嬉しかった。ただ、彼女が戻ってきたことが嬉しかっただけではない。彼女も苦しんでいたのだ、と思うと強い共感で心が溶けてしまいそうだった。
『お久しぶりです。大変だと思いますが、一緒に頑張りましょう』
『ソフィさん、ありがとうございます。心強いです!』
これで私もモチベーションを取り戻せる。そう思っていたのに、彼女の投稿は再び途切れる。最後の投稿内容はこんなものだった。
『ついに最高のガードと専属契約できました! これからはもっといいメヂアが作れるかも』
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