サイコロジ・ダイブ
トンプソンが動かなくなると、彼女がこちらに振り返った。
「レーナちゃん!」
叫んでみると、彼女が……いや、レーナがいつも通り微笑む。
(良かった。いつも通りのレーナちゃんだ)
ほっとしたのも束の間、レーナの膝ががくりと折れ、顔面から倒れ込んでしまう。
「だ、大丈夫!?」
普通ではない倒れ方に、トウコは焦って駆け寄より、レーナを起こそうとするが、彼女の目は今にも閉じてしまいそうだった。
「レーナちゃん、大丈夫だよね??」
今まで見たことのない激闘を繰り広げた彼女は、酷いダメージを追っていることに違いない。それは、命の灯すら燃え尽きてしまうように思われた。
「安心しろ。死にゃあしない。……ただ、久しぶりに本気でやったから、凄い眠いだけだ」
どうしようもなく瞼が重いのか、レーナの目が閉ざされていく。
「ちょ、こんなところで寝たら……!」
しかし、その声も聞こえてなかったらしく、レーナはトウコの膝にもたれ、そのまま眠ってしまうのだった。
「もう……」
どうしたものか。途方に暮れるトウコだったが、ぼろぼろのレーナを見ると、ただ感謝だけが込み上げてくる。これで、危険な日々は終わったのだろうか。しかし、目の前で倒れる男は焼肉屋の帰りに襲ってきた人物とは異なる気がする。だとしたら……あれは誰だったのだろう。やはり、ただの窃盗だったのだろうか。
「う、ん……」
少しだけ声を漏らすレーナ。そうだ、今は彼女に感謝を伝えなければ。
「いつも、ありがとね。レーナちゃん」
そっと髪を撫でると、少しくすぐったそうに鼻をむずむずさせるレーナを見て、トウコは思わず笑みを零すのだった。
「さて、あと五分もしないうちに騎士団が駆けつけるはずです」
通報を終えたロザリアが、少し離れたところから二人を見守るノノアに声をかける。
「これでトンプソンは檻の中。最強のボディガードを失ったスチュアートも無事では済みませんね。……先生?」
いつも以上に無反応なノノアの表情を窺う。まさか、若い女が二人寄り添う姿に見惚れているのだろうか。だとしたら、少しばかりキツイ注意が必要かもしれない……と思われたが、彼の視線は二人には向けられなかった。
「ロザリアさん、あの子……怪しい気がする」
ノノアが人差し指を向けさ先には、路地から顔を出す人影が。
「確かに。どういたしますか?」
「少し話が聞きたいかな」
ロザリアは頷くと、音もなくノノアの前から消えた。そして、数秒もしないうちに、路地に隠れる人影の背後に。
「まぁ、そんなに殺気を出して、何をするおつもりです?」
背後から声をかけると、人影は飛び跳ねるようにして振り返った。女だ。おそらくは三十前後。不健康なまでに痩せている。
「く、くるな!!」
「私はべつに何も……」
女はロザリアの声を聞かず、どこからか包丁を取り出すと、鬼気迫る表情でそれを突き出した。が、それは素人以下の動き。ロザリアは軽く身を捌いて、手刀で包丁を叩き落すと、女を背後から拘束することに成功する。
「や、やめて! 私は何も!! 何もしてないじゃない!!」
「あらあら。包丁を振り回しておいて、それはないと思いますが……」
「だって、私は悪くない! 一人で、ずっと、頑張っていただけ、なのに!!」
女の呼吸が激しくなる。ロザリアは異変に気付き、拘束を緩めようとしたが、女は目を白黒させながら、そのまま気を失ってしまった。
「死んじゃったの?」
ノノアが現れ、のんびりとした口調で尋ねる。
「気を失っているだけのようですね」
ロザリアが女を横たわらせ、上着で作った枕に頭を乗せてやると、その傍らにノノアが腰を下ろした。
「先生、もしかして……」
「うん。久しぶりに潜ってみる。あまり好きじゃないけどね」
自分がやりたくないことは徹底的に遠ざけるノノアが、何のために。ロザリアは少し離れたところで、女勇者の頭を抱えて穏やかに微笑むメガネの女を見る。彼女の何がノノアを引き付けるのか。そんなロザリアの苛立ちに気付いているのかどうか、ノノアは懐からメヂアを取り出すと、謎の女の腹部に乗せる。
「じゃあ、サイコロジ・ダイブを始めるね」
そう言って、目を閉じてしまうのだった。
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