落ちる稲妻
「君がテレビで紹介していた僕の魔石なんだけど……」
ノノアはどこか決まり悪そうに説明を始めた。
「一時は凄い値が跳ね上がってね。最終的にはマフィアたちが取り合いになる事態に発展したんだ」
マフィアが??
思いもよらぬ展開にトウコは言葉が出なかったが、ノノアは淡々と続ける。
「血を血で洗うような戦いの末、スチュアートっていう大物マフィアのもとに落ち着いたんだけどね……彼はあの魔石に対して強い執着を持ってしまったらしくて。それから、何度か魔石を持ち出す人間がいたらしいけど、全員スチュアートの制裁を受けて、命を落としたとか」
「なるほどなるほど。その実行役がトンプソンというわけですね」
ロザリアは納得したように頷くが、トウコはあまりに日常と離れた話だったため、思考が停止したままだった。それでも、何とか正気を取り戻すと真っ当な疑問にたどり着く。
「そんな魔石を……魔王さんはなぜ私に??」
要は曰くつきの魔石を押し付けられたようなものだ。あの瞬間は、喜びはしたものの、今となっては爆弾を渡されていたのと同じだったのだ、と思うのも仕方がない。
「彼は魔王だよ」
しかし、ノノアは冷静に指摘する。
「人類の敵だ。いつ悪意を向けるのか、分かったものではない。少しでも気を許したりしたら……いつの間にか何もかも奪われてしまうかもしれないよ」
そう言われてみれば、とトウコは思い至る。最近は魔王を親しい存在のように感じていた。時折現れては差し入れをくれる優しい親戚のような。しかし、彼は人類の敵だった。唐突に悪意を向けられてもおかしくはないのだ。
「どうして、こんなことに……」
トウコは思わず肩を落とす。自分はただメヂアを作っていただけ。誰にも迷惑をかけず、自分の妄想にふけっていただけなのに。なぜ、魔王なんて存在に目を付けられてしまったのだろう。なぜ、命を狙われることになってしまったのだろう。静かに魔石をいじらせてほしい。自分の願いはそれだけだ。
「よくあることだよ」
「え?」
ノノアは感情のない目で自らの体験を語る。
「僕も何度か命を狙われた。メヂアを作っていると、意図しなくても恨みを買うんだよ。一方的に。理不尽のようだけど、相手からしてみると明確な殺意を持って」
そう言えば、ノノアが殺害予告を受けた、というネットのニュースを何度か見たことがある。そのときは、あまりに自分と遠い出来事だったので、少しもイメージできていなかったが。ノノアは続ける。
「高みを目指せば目指すほど、君も誰かの恨みを理不尽に向けられることになる。今回みたいな、魔王の悪意とは違って、同じ人間が君を殺そうと刃を向けてくるんだ。いつ死の切っ先が迫ってくるか分からない。常にそんな恐怖に身を晒される。それでも君は続けるの?」
想像したこともなかった。自分が駆けあがれば駆けあがるほど、悪意を向けられるなんて。もちろん、そういう感情があることは知っている。でも、自分みたいなものが対象になるだろうか。
そんな疑問を抱いたとき、背中が冷えた風に撫でられるような感覚があった。誰かが見ている。まるで、巨大な肉食動物が真後ろに迫っているようだ。
「さて、話は後回しです。行きましょう」
恐怖に固まっていると、ロザリアに再び首根っこを掴まれ、引っ張られてしまう。凄まじい加速と遠心力に身をさらされながら、トウコは謝罪する。
「本当に、すみません……。お二人をこんなことに巻き込んで」
二人はどんな反応が正しいのか迷っているみたいだったが、先にノノアが答えた。
「まぁ、僕も原因みたいなところがあるし」
「私は先生のお願いを聞くだけです。貴方を守れと言われたから守るだけのこと」
「でも、命の危険が迫っているんですよ?? 私のせいで二人に何かあったら」
トウコは罪悪感に胸が締め付けられそうだった。そして、いつか自分の創作活動がまた誰かの危険につながると思うと、怖くして仕方がない。しかし、ロザリアは平坦な口調で言うのだった。
「命の危険など私たちには迫っていませんよ。あの危険は……貴方のガードが排除するでしょうから」
私のガード?
レーナちゃんが??
「もうすぐ到着するはずですよ。貴方の危機を察知して、猛スピードでこちらに向かっている。まるで獲物を見つけた獣のようですわ」
「本当ですか?? 本当にレーナちゃんが!?」
「ええ、もうすぐそこまで」
ロザリアが足を止める。広くても人通りのない場所。公園のようだ。遠方から敵が……トンプソンが現れる。ゆっくりとした足取りで、こちらに近付いてくるではないか。トウコの脳裏には初めて襲撃に合ったあの日のことがフラッシュバックする。同時に違和感があった。
「……ちがう。あの人じゃない」
だが、圧倒的な恐怖がトウコを包み込む。逃げないと殺される。そう確信するほどの殺気が、トウコの首を絞めて、呼吸を奪うようだった。
たすけて。たすけて、レーナちゃん。
「待たせたな、トウコ」
その声はどこからだろうか。トウコが彼女の姿を探そうとしたその瞬間、目の前に赤い稲妻が落ちた。空気を切り裂くように鋭く、それが落下してきたのだ。
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