優れた作品とは?
「ダメだ。もうダメ」
作業を始めて何時間が経過しただろうか。淡々と作業を続けていたノノアが突然口を開いた。
「面白い絵、少しも見つからないね」
どうやら、トウコに同意を求めているらしい。しかし、どう答えていいものやら。トウコは疲労を隠しながら曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
「休憩にしよう」
そう言って、ノノアは棚のメヂアを一つ取り出すと、投影機にセッティングして再生した。いつの年代のものだろうか。かなり古いシアタ現象が始まる。ノノアはだらしなく床に寝そべり、それを眺めては、たまに小さく笑っていたが、トウコは何がおかしいのか少しも分からなかった。
「先生、夕食の用意ができま――」
途中、ロザリアが入ってきたが、ノノアの様子を見ると黙って戸を閉めてしまう。どうしよう、とトウコは考える。ロザリアは邪魔してはならない、と声をかけなかったようだが、正直空腹である。自分は勝手に部屋を抜けて、夕食を取っていいのだろうか。答えが出ないまま、ノノアが次のメヂアを取ってシアタ現象を再生し始めたので、トウコは黙ってそれを見ることにした。
「……お腹空いたね」
「そ、そうですね」
ロザリアが顔を出してから、二時間は経過しただろう。ノノアがやっと空腹を訴えてきた。
「今日は終わりにしようか」
「終わりですか??」
「うん」
写真を眺めただけで、何もやっていないではないか。自分だったら不安になるところだが、ノノアは「よいしょ」と立ち上がって軽く伸びをすると、書斎を出て行ってしまった。
そこからは夕飯を食べて、眠ることにしたのだが、夢の中でもノノアが撮影した写真が出てきて、トウコは何度も悲鳴を上げて目を覚ます。
(どうしてだろう。怖い写真ってわけじゃなかったのに……悪夢に変換される)
きっと、明日も同じことが繰り返されるのだ。トウコは慄いたが、その予想は少しだけ外れていた。
「あの、先生」
「なに?」
「写真は選ばなくていいんですか?」
「うーん……」
次の日、朝からノノアの仕事を手伝うつもりだったが、彼はずっとシアタ現象を眺めるばかりで、作業らしいことは一切しない。むしろ、これでは怠けているようにしか見えなかったが、あっという間に午前が終わってしまった。昼食を取っている途中、ロザリアがノノアに言う。
「先生、今回の納期は一週間後ですが、お仕事は予定通りですか?」
「…………」
ノノアは何も答えない。気のせいか、不機嫌に見えるではないか。どうやら、彼なりに切羽詰まった状況らしい。しかし、午後になっても彼の仕事っぷりは変わらなかった。相変わらずシアタ現象を楽しむだけ。トウコも進まない作業に不安を感じながらも、ついノノアのコレクションたちに見入ってしまうのだった。
次の日も、また次の日も、そんなのんびりな生活が続くと思われたが、ノノアが突然完成したメヂアをトウコに見せてきた。
「途中まで作ったから、ちょっと見てほしいんだけど」
「……えっ?? あの、先生。これはいつ作ったんですか??」
「夜中に少しずつね」
地味にショックだった。手伝うつもりが、何も役に立っていなかったのだ。しかも、ノノアが何も作業を進めないことに不安を抱いていたが、彼はおそらく睡眠時間を削って仕事を続けていたのだろう。本当に何もやっていなかったのは、自分だった。
しかし、ノノアのシアタ現象を見ると、そんなショックも忘れてしまうくらい、トウコは興奮した。
「先生……凄すぎます!! どうやったら、こんなもの作れるんですか??」
「うーん、経験かなぁ」
どうやら、床に落ちていた写真を組み合わせた映像表現のようだが、まさかこのようなものになるとは。トウコの想像をはるかに絶するものである。しかし、興奮するトウコと対象に、ノノアは退屈そうにシアタ現象を眺めていた。
「あ、でもこの辺りはカットかな」
投影機によって映し出されたシアタ現象の一部をノノアは削除する。
「どうしてですか!? あれだけ素晴らしいシーンだったのに! 先生の気持ちが入っていたのが、私にもよくわかりましたよ!? 」
一番のお気に入りのシーンが目の前でボツになり、先程とはまた違うショックを受けるトウコだったが、ノノアは変然と言う。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。……ほら、実際にお金を払って見る人に伝わらなかったら、意味ないから」
なるほど。自分のような少し心得のある人間なら分かるかもしれないが、そうでない人間からしてみると、分かりにくいシーンと言うことか。そういった人にとって、中だるみになるなら削除する。それが表現に力を入れたモノだとしても。トウコだったら、なかなかできない決断だが……。
(でも、先生はこの前、シアタ現象は自分が見せたいものを作るって言っていたような……)
混乱するトウコにノノアは言う。
「ありがとう。おかげで無事納期を守れそうだよ」
「……私、何も手伝っていないような気がしますけど」
「君がいたから本当に自分の作りたいメヂアが分かったんだ。だから、ありがとう」
正直、ノノアの仕事はよくわからなかった。しかし、一流の錬金術師とはこういうものなのだ、とトウコが思うには十分な体験であった。
感想・リアクションくれくれー!!




