暇な時間は逆に不安
ノノアの工房は想像と違って、どこにでもある二階建ての一軒家だった。もちろん、王都で一軒家を持つだけで十分凄いことではあるが……。
「す、すごい……!!」
トウコが驚いたのは、工房の佇まいではない。一部屋をまるまる使ったメヂアのコレクションだった。
「有名錬金術のメヂアがズラリと……!!」
棚に並んだメヂアを右から見てみる。
「あ、これってハンド・インセクト先生のファイヤーバードシリーズじゃないですか!! しかも、全部揃っている!!」
今度は左に。
「うわー!! こっちはガンボーイシリーズ!? 限定バージョンだ!!」
興奮するトウコの横に、ノノアが立ったかと思うと、無言で一つのメヂアを手に取って見せてきた。
「こ、こ、これは……!!」
トウコはひっくり返りそうになる。
「シロサワ先生の『七人のおっさん』だ……!!」
ノノアは少しだけ微笑みながら満足そうに頷くと「見る?」と提案した。トウコが涙目でカクカクと頷いたところ、ノノアは投影機にメヂアをセッティングしてくれる。世界のシロサワによる作品は、ずっと見てみたかったが、どこにもアーカイブがなかったため、ずっと見れなかった。それが、ノノアの工房で鑑賞することになるとは……。
「あの、トウコさん……」
はしゃいでいると、後ろからゼノアに声をかけられた。
「あまりはしゃぐとロザリアさんが不機嫌になってしまうので……」
振り返ると、ロザリアが冷たい目でこちらを見ているではないか。トウコは慌ててノノアに上映会の中止をお願いする。
「す、すみません、先生! 七人のおっさんはまた今度にしましょう。先にやることが……」
「そう? まぁ、どっちでもいいけど」
トウコはほっとしながらロザリアに改めて挨拶する。
「あの、本当に助けていただき、ありがとうございました」
「別に構いませんよ。先生が決めたことですから。では、お部屋に案内するのでこちらに」
部屋を出るロザリアの後を追うが、振り返って見るとノノアは床に寝転がりながら、何かしらのメヂアを再生している。何を見ているのだろう、と気になったが、ロザリアを怒らせては追い出されてしまう。ここは仕方なく、ノノアから離れることにした。
「あの、何かお手伝いしましょうか?」
一通り説明を受けた後、ロザリアに聞いてみるが、彼女は首を横に振る。
「いえ、お客様は大人しくしていてください」
どうやら、下手に手を出してほしくないらしい。黙っている間に夕食も出てきて、ゼノアは「まるで天国だ」と喜んでいるが、トウコは落ち着かなくて仕方なかった。その日は何事もなく眠り、朝になったら一緒に避難してきたタラミにご飯をあげたのだが、それが終われば、もうやることがなくなってしまった。
「……何もしないって、なぜか不安になるなぁ」
持ってきたノートパソコンを開いて、メヂアの構想でも組み立てようとしたが、慣れない環境のせいか集中できない。自分の命が狙われている理由はもちろんだが、レーナは何をしているのだろう、と気になってしまうのだった。
「と、言うわけで……やっぱり何か手伝わせてもらえないでしょうか?」
昼食時、再びロザリアにお願いしてみるが、黙り込まれてしまった。どうやら、返答に困っているらしい。他人は扱いにくいから、一人でやった方がマシだ。そんなロザリアの想いが伝わってきそうだが、意外なところから意外な提案があった。
「だったら、僕の仕事を手伝ってみる?」
ノノアだった。
「い、良いんですか!?」
恐れ多い。だが、チャンスだ。何を手伝わされるか分からないが、伝説の錬金術師の感性を少しでも盗み出せるかもしれない。しかし、ロザリアに忠告されてしまう。
「……先生はあのように言っていますが、やめた方がいいと思いますよ?」
「どういうことですか?」
「付き合いきれない。普通の人間なら、そう思うはずですから」
意味が分からない。だが、ロザリアはそれ以上説明してくれなかった。
「そんじゃあ、食べたら僕の書斎に来てね。ロザリアさん、いつものあれもお願い」
「分かりました、あれですね」
あれってなんだろう。分からないことだらけだったが、ノノアの仕事を手伝えると思うと、楽しみで仕方がなかった。ただ、何事も期待しているときが一番楽しいもの。トウコは自分の甘さに後で気付くのであった。
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