神の住処へ
「レーナちゃん、本当に行くの……?」
工房の前で靴ひもを結びなおすレーナの背中に、トウコは声をかける。
「おう。数日したら戻るから」
そして、最小限の荷物が入ったリュックを担ぐと、レーナが振り返った。
「少し不便をかけるけどよ、私が戻ったらすべて解決する。お前は集中してメヂアを作れるんだ」
「そうかもしれないけど……」
離れるなんて不安だ。しかし、それを口にしてしまったら、レーナの覚悟を否定するような気がした。レーナはトウコの肩に乗るタラミを撫でながら言う。
「大丈夫だって。少し頼りないかもしれないけどよ、安全な場所だって確保してある。だから、お前はそこで待ってろ。たまには、メヂアのことを考えずに休むのもいいだろ」
「……うん」
トウコが頷くと、レーナはゼノアの方を見た。彼は何も語らず、ただ頷く。
「さて、そろそろ迎えがくるんじゃないか?」
レーナが言った通り、馬車がこちらへ向かってくる。街でよく見る馬車に比べて、やや高級感の漂う装飾が施されるところを見ると、トウコを保護してくれる人物はかなり裕福な人間らしい。
「レーナちゃん、念のため確認しておくけど……私を守ってくれる人って、タイヨウくんじゃないよね??」
「ち、ちげーよ」
勇者の中でも危機察知能力が異常に長けているタイヨウならば、どんな脅威が近付いてきてもトウコを守ってくれるだろう。だが、さすがのレーナも彼に任せる気になれなかったらしい。
「とにかく、私は行くからな。お前は大人しくしているんだぞ」
「え、レーナちゃん。協力してくれる人に挨拶しないの??」
「いらねーだろ。って言うか、顔を合わせたくもねえよ」
何者なのだろうか。到着する馬車に背を向けて、レーナは立ち去ってしまう。
「レーナちゃん、気を付けてね!!」
トウコの声に、彼女は振り返ることもなかった。
さて、馬車がトウコとゼノアの前に止まると、中から協力者が降りてきた。
「ああ、久しぶり。元気だった?」
「え、え、えええーーーー!?」
協力者の正体を知り、トウコはひっくり返りそうなほど驚く。なぜなら、それは彼女のよく知る人物だったからだ。
「あらあら、せっかく迎えに来たというのに。先生の顔を見て大きい声を出して……失礼ですよ」
しかも、協力者は一人ではなかった。もう一人が馬車から降りて、髪をかきあげながら、トウコの前に立つ。
「すすすみません!!」
トウコは何度も頭を下げる。
「その、まさか……ノノア先生とロザリアさんに助けてもらえるとは思ってもいなかったので!」
そう、協力者は白髪交じりの男と金髪を高い位置でまとめた女。錬金術師ノノアと、そのガードであるロザリアだった。
「しかも、直接の依頼人である赤い髪の野蛮な女は挨拶もなしですか。困ったものですね」
「それは僕から謝ります」
今度はゼノアが深々と頭を下げた。
「しかし、レーナさんもお二人しか頼れる人間がいない、と。それだけ、危険な相手に狙われているのです。本当に断られていたら一巻の終わりでした」
「ほう……。あの女も私の実力と先生の寛大な精神を認めざるを得なかった、と?」
「そういうことです!!」
「なるほどなるほど。しかし、先生……本当によろしいのですか? 異物を三つも持ち込むとなると、先生のお仕事に差しさわりがあるのではないでしょうか?」
「別に僕は構わないよ。何なら仕事も後回しにしたいくらいだし」
無表情に不真面目な発言をするノノアに、ロザリアは必要以上に優しい笑顔を見せた。
「それはいけません。先生のメヂアが完成する瞬間を待っているクライアントが山ほどいるのですから。納期に間に合わないのであれば、やはり異物の引き受けはやめておきましょう」
異物が自分たちを指すワードと知っているトウコとゼノア(それからタラミ)は焦りを顔に出してしまうが、ノノアが「うーん」と考え込んだため、必死に助けてもらえるよう祈るばかりだった。
「困っているみたいだし、助けてあげようよ」
ノノアの決断に心の中で胸をなでおろすトウコとゼノア。ロザリアに関しては胸の前で両手を組み、まるで大きな感動を覚えたように目を輝かせた。
「まぁ、なんてお優しいのでしょう。おまけに仕事までしっかりこなす。さすが先生ですわ」
その表情は恍惚に近いものがあったが、一瞬で消えたかと思うと、彼女はこちらを見る。
「では、お客様たち。馬車にお乗りなさいな」
「あ、ありがとうございます!」
馬車に乗り込みながら、ゼノアはトウコに耳打ちする。
「……本当にお客様扱いしてくれるのでしょうか? さっきまで本人たちを前にして異物って堂々と言ってましたよね?」
「その辺は……聞こえなかったことにしよう」
ゼノアだけでなく、自分も納得させるようにトウコが頷くと、ノノアとゼノアも馬車に乗り込んできた。そして、ノノアが発信の合図を出す。
「それじゃあ、行こうか」
「あの、先生。行くって……どこにですか??」
トウコの質問に、ノノアはやはり平坦な声色で答える。
「そりゃあ……僕の工房だよ」
「ノノア先生の……工房!?」
そこはトウコにとって、神の住処と同義であった。
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