レーナの決心
「調査は振り出しに戻った……ってことですよね」
カラオケ店から工房に戻る途中、ゼノアが低く呟いたが、レーナもトウコも黙ったまま、何も反応しなかった。
「でも、僕はあきらめたわけじゃないですよ!」
工房に戻ると、ゼノアは気力を取りも出したのか、拳を天井に向かって突き上げながら、その想いを口にした。
「容疑者はもう一人います。そいつを徹底的に調べ上げれば……また何かヒントが見つかるかもしれません!」
「ああ、シノノメってやつか」
トウコの作品に対し、毎回のようにコメントを残すシノノメ。自身はクリエイタではないらしく、多くを発信することはないため、なかなか足跡を追うことは難しかった。
「ダメだ……。シシノメはSNSの使い方をよく分かっているし、自分が目立ちたいという気持ちが一切ない」
ゼノアがどれだけ調査しても、シノノメの正体は分からないまま。さすがのゼノアも心が折れかけ、ウィスティリア魔石工房に重たい雰囲気が流れるが、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こるのだった。
「な、なにこれ……??」
それはトウコが珍しくNHアーカイブのコメント欄を見たときだった。一分ごとにトウコの作品に対するコメントが増えていく。
「もうやめろ……?」
それはシノノメによるものだった。これだけではない。マジで昔の方が良かった。手を抜きすぎ。なめてる。そんな否定的な言葉が次々と投稿されていった。
「トウコ、見るな」
レーナがトウコからスマホを取り上げる。
「ゼノア、シノノメのコメントを全部消しておけよ」
「了解です!」
しかし、ゼノアの削除作業よりも早くコメントが投稿されていく。スマホを取り上げられ、コメントを確認できないはずのトウコだが、どうやらノートパソコンの方からそれをチェックしていたようだ。
『こんなもの価値ないから』
不自然に立ち上がるトウコに、レーナは彼女が何をしていたのか気付く。そして、工房を飛び出そうとするトウコの手を掴んだ。
「今は私から離れるな」
「……少し外の空気を吸うだけだから」
「ダメだ」
トウコがなぜこの場から離れたいのか。その理由くらいは分かっている。だが、今は三人が離れるわけにはいかなかった。唇を噛み締めて爆発しそうな感情のうねりに耐えるトウコだったが、ついにはその場で膝を追って泣き出してしまう。
「やめた方がいいのかな。誰も喜んでくれないなら、嫌な思いをさせているなら……やめた方がいいのかなぁ」
むせび泣くトウコの細い体を、レーナは抱きしめる。
「隠れて文句ばかり言うやつに耳を貸す必要なんてない」
「でも、この人だけじゃない。マユさんだって……そしたら、もっとたくさんの人が私のメヂアを見て嫌な気持ちになっているってことなんでしょ!?」
「その何倍も感動している人間がいるんだ。大丈夫。お前は人を救う錬金術師だよ」
数日も続いた緊張からか、トウコはそのまま眠ってしまった。硬いデスクの上に突っ伏して眠る彼女の顔は、まだ不安の影が濃い。
「どうすればシノノメの居場所を見つけられるのでしょうか」
ゼノアも悔し気だが、レーナは小さく溜め息を吐いた。
「シノノメは諦めろ」
「じゃあ……どうするんです?」
「向こうが襲ってくるのを待つ」
「で、でも……」
敵はレーナよりも強いのだ。ゼノアは言葉を飲み込むが、その事実を覆さない限り、この件が解決することはない。
「安心しろ。私は負けない」
ゼノアの不安をかき消すように、レーナは言った。
「ただ、数日だけ感覚を研ぐ必要がある。山にこもって集中する時間をくれ」
ここ数年、レーナは真剣に命のやり取りを行っていない。そのため、彼女の技と精神はわずかに鈍っていたのだ。それを研ぎ澄ます時間があれば、全盛期の彼女を取り戻せる、という意味らしい。
「数日って……レーナさんがいなかったら、トウコさんと工房を誰が守るんですか?? ここを守ってくれて、レーナさんと同じくらい強い人なんて、この世にいませんよ!!」
ゼノアの主張は真っ当なものだと思われた。しかし、レーナは壁を睨みつけながら、何やら口ごもっている。
「なんですか? 心当たりがあるんですか……!?」
「一つだけ……ある。ゼノア、ここに連絡を入れろ」
そういって、レーナはスマホの画面を見せる。
「ここって……どこですか? あっ!」
そこには、ゼノアも納得する人物の名があった。
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