嫌がらせにも程がある!
レーナの膝が落ちる。それは追撃を受けたからではない。先程、ガードの上から受けたパンチのせいで、足から力が抜けたのだ。しかし、それが幸いした。敵が放ったパンチが頭上を通り抜けたのだ。
「おい、そこ!」
幸運が続いた。レーナと謎の敵が戦っているところを目撃したものがいたのか、通報を受けた騎士団が駆けつけたらしい。これが一人二人であれば、敵は軽く払いのけてレーナを攻撃できただろう。しかし、五人以上の騎士が駆けつけたおかげで、敵はゆっくりと身を退いて、夜の闇の中に消えて行った。
「くそ、トウコは無事なのか……??」
騎士団に事情聴取されるようなことがあれば面倒だ。姿を消そうと立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「レーナちゃん!」
「大丈夫ですか!?」
しかし、騎士団の中にはトウコとゼノアの姿が。どうやら逃げたトウコが工房に戻ってから騎士団に通報したようだ。
「いやー、びっくりしたね」
騎士団に事情を話し、何とか無実を信じてもらうまで一時間。駐屯地から出てトウコはほっと息を吐くが、レーナの表情は暗い。と言うよりは、苛立ちが収まらないようだ。
「しかし、レーナさんが……遅れを取る通り魔っておかしくないですか?」
ゼノアの疑問にレーナの不機嫌に剣のような鋭さが増す。
「遅れなんか取ってない。反撃する直前で騎士団が首を突っ込んできただけだ」
「だとしても、トウコさんに対する嫌がらせってレベルじゃないですよね??」
「確かに、私を殺したいのだとしたら、あのときに済ませられたはず……」
あのとき、とは三人で焼肉屋を食べた後に起こった件だ。まさか、とゼノアは推測が浮かんだらしい。
「……嫌がらせのためにプロを雇った?」
「そんなことのために??」
「度が過ぎてるにも程がある。ぜってーに許さねぇぞ、私は」
そんな会話を続けていると、三人はウィスティリア魔石工房の前を通る。見慣れた風景を気に留める必要はない、と思われが……。
「な、何これ!?」
トウコの目が飛び出しそうになる。工房の扉に大きな穴が開いていたのだ。
「このタイミングで泥棒が入ったってことですか??」
ゼノアとトウコは工房の中に飛び込み、盗まれたことがないか確認する。酷く荒らされているが、何かが盗まれた様子はなかった。
「さっきのあいつが……工房を荒らしたのかもな」
レーナの呟きに二人の視線が集まる。数秒の沈黙の後、トウコは混乱する頭を何とか整理しつつ、疑問を口にした。
「じゃあ、やっぱり……ただの嫌がらせなの?」
それは誰も分からない。だが、ゼノアが怒りに頬を染めて、声を荒げた。
「こんなの許せませんよ!! 三人で力を合わせて、やっとたくさんの人に認められ始めたのに!!」
「ゼノアくん……」
思ったよりも、ゼノアはこの工房に対して思い入れがあったらしい。それを感じるだけで、トウコの目に涙が込み上げそうになった。
「犯人は僕が特定してみせます! 二人を傷付けたことも、工房を荒らしたことも……絶対に謝らせてやる!」
「良く言ったぞ、ゼノア」
さっきまで大人しかったレーナが、彼女らしい凶悪な笑みを浮かべた。
「お前のおかげで、私もやる気が出てきた。そうだ、そうだよなぁ。ここまでやったやつは、死ぬほど謝らせてやらないとなぁ……!!」
その気迫に、ついさっきまで怒りの絶頂を迎えたはずのゼノアは、味わったことのない寒気を覚えた。
「そうと決まったら調査を始めるぞ! ほら、あの脅迫アカウントの投稿を調べろ!」
「は、はい!!」
念のため、三人は工房に泊ることにした。トウコに対する嫌がらせが目的だとしたら、誰かが一人になったとき、襲撃される恐れもあったからだ。とは言え、トウコは荒らされた工房の掃除、ゼノアは犯人の特定に時間を費やし、眠る時間もない。レーナも目を閉じているが、脅威の接近をいち早く感知できるよう、意識を広げているらしかった。
朝日が工房に差し込み始めたころ、ゼノアは目元を黒くした状態で立ち上がると、確信に満ちた声で言う。
「やっぱり、脅迫アカウントの……正体はこの人だったんだ!!」
一晩かけてゼノアが調査した結果、第一の容疑者はマユ・ローズマリーで変わらなかった。
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