実力伯仲以上
フードを被ったが謎の人物が路地の前から消えた。次の瞬間、トウコの前で肉を打つ激しい音が。同時に、レーナの背中が少しだけ近付いたような気がした。
「トウコ、早く逃げろ!」
さっき聞いたばかりの言葉を繰り返すレーナ。彼女がこれだけ傍にいるのに、逃げる必要があるのだろうか。そんな疑問が浮かんだ瞬間、彼女が目の前から消失した。いや、謎の人物によって弾き飛ばされたらしい。
「ウソ、だよね……?」
少し離れたところでレーナが倒れている。あのレーナがほんの一瞬で、ほんの一撃で倒れたというのか。信じられない光景に続き、目の前にある怪しい眼光のせいで、トウコは動けなくなってしまった。
「ま、ま、待って……!」
この前とは違う。危険のレベルが各段に。フードの人物……襲撃者が手を伸ばす。それはトウコの首元に迫っていた。
「触るなっ!!」
あと少しで死が訪れていただろう。だが、直前で赤い閃光がトウコを救う。さっきまで倒れていたはずのレーナが、横から飛び込んで襲撃者の手を打ち払ったのだ。
「トウコ、工房に戻って騎士団に電話しろ。できるだけ大人数で駆けつけるように言うんだ」
口を切ったのだろうか。端から血を流しながら指示を出すレーナに、トウコは二度頷き、言われた通り工房に向かった走った。レーナが助けを呼べと言ったことが、これまであっただろうか。
相手がレーナより強いということ?
だとしたら、一人逃げ出している自分は薄情だ。でも、どっちしても……自分にできることはそれくらいだ。トウコは自分を説得しながら、もつれる足を必死に前へ進めた。
「さてと……」
トウコの気配が安全圏まで離れたところで、レーナは襲撃者から距離を取り、小さく息を吐いて腰を下ろした。
「続けようぜ。どうせ喋るつもりはないんだろ? 分かるぜ、その力を使えば誰だろうと言いなりだったんだろうからな」
不敵な笑みを浮かべてみせるレーナだったが、内心では焦っていた。
(こいつ……只者じゃないぞ)
相手は妬みや屈折した愛情がこじれた何者か。この一連の事件に対し、そう捉えていたレーナだったが、この襲撃者の気配を察知してから、これまでにない危険な戦いになる、と認識を正さなければならなかった。
(いや、それ以上かもしれないな)
例えば、自分の命を投げ出すような覚悟。それがなければ、この死線は乗り越えられない。レーナが息を飲む瞬間、襲撃者が動いた。とても目では追えない前手のパンチ。レーナの天才的な勘があったからこそ、初撃を避けられたが、次はどうだろうか。
(来る……!!)
再び放たれた前手の一撃。距離を取って躱すつもりが、思った以上の伸びてくる。ナイフのような一撃が無防備な顎に突き刺さろうとしていた。が、レーナは反射的に肩で顎を守り、さらに距離を取って体制を整える。意識を削るような一撃は免れたものの、肩に激痛が走った。
(くそ、このレベルの相手だと急所以外のダメージも致命傷になるぞ)
肩のダメージはレーナの攻撃、もしくは防御の精度を下げる恐れがある。だとたら、次も同じ攻撃が飛んできたとき、同じ対処ができるとは限らないのだ。レーナの額に嫌な汗が滲む。
(集中しろ。私に勝てるやつなんかいねえ。今までだって、そうだっただろ!)
今度はレーナから攻勢に出る。同じく前手のパンチを出す素振りから、腰を落としてタックルのフェイントを見せた後に、脇腹を抉るような得意のミドルキックを放つ。神速の一撃は相手の臓器を潰すが如くだが……。
(なに!?)
相手はしっかりと反応して腕で受け止めているではないか。
(でも、私の蹴りは二度も三度も受けたら……骨が折れちまうぞ!)
レーナは再びミドルキックを狙う。今度は脇腹に直撃したが、襲撃者はレーナの足を掴むと、今度は軸足の方を払ってバランスを奪ってきた。尻餅を付くレーナ。そして、顔面を襲撃者の踵が襲う。あと少し首を捻るタイミングが遅ければ、頭蓋が陥没していてもおかしくない威力だ。
「この野郎!」
レーナは下からの蹴り上げで襲撃者を怯ませると同時に、相手の腰辺りに足を突きつけて押しのける。その間に立ち上がり、落ち着きを取り戻すつもりが、襲撃者は瞬時に距離を詰めてきた。顎を砕くような右フック。もちろん、レーナはガードで防いだが、脳に衝撃が伝わり、並行感覚が失われた。
(死ぬ……?)
レーナだからこそ分かる、死の前触れ。自分だったら、この隙を逃さない。だとしたら、自分と実力を伯仲するこの敵も……。
襲撃者がさらなる一撃を放った。
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