取引成立!
「頼む、力を貸してくれ。助けたい人がいて……どうしてもメヂアが必要なんだ!」
夕飯を奢るから、とトウコを誘い、どこにでもあるファミレスでレーナは頭を下げた。しかし、トウコは困り果てたように眉を寄せている。
「うーん……助けてあげたい気持ちはあるけどねぇ」
「もしかして、手持ちのメヂアがないのか??」
「あることにはあるよ」
トウコがバッグの中からオレンジ色の球体を取り出す。懐かしい。学生時代にあれだけ触れていたのに、すっかり間近で見ることがなくなったメヂアだ。
「じゃあ、それでミナトくんを助けてやって欲しい。もちろん、道中は護衛するから!」
もう一度頭を下げるが、トウコはレーナと手元のメヂアを交互に見てから、困り果てたように「うーん」と唸る。
「ミナトくんは私にとっても同級生だし、レーナちゃんがそこまで必死なんだから、助けたいとは思うよ。思うけどねぇ」
トウコはメヂアを両手で包み込むと、がっくりと肩を落とす。そこで、レーナは初めて彼女が小奇麗なスーツを来ていることに気付いた。そして、彼女がこれだけ渋る理由も。
「金なら……少しは出せる」
「べ、別にお金の問題ではないと思うけど……ちなみに、いくらくらいかな?」
トウコの目に少しだけ光が灯った、ように見えた。レーナは自分の給料二ヶ月分を提示したが、トウコの口元には灰色の微笑みが。
「レーナちゃん、メヂアを一個作るだけでも凄いお金がかかるんだよ。材料の魔石を一つ手に入れるだけでも、高いお金でガードを雇わないといけないしさ、加工して魔力を込めるだけでも時間かかるんだよ。こんな小さい玉だけど完成させるだけでも、本当に大変なんだよね」
メヂアを作る苦労を思い出したのか、トウコの笑みは灰色から黒く変化していく。
「わ、分かった。じゃあ、今度無料で魔石集めを手伝ってやる。どんな危険なエリアだろうが、満足するまで付き合ってやるから!!」
「え、本当??」
表情が少しだけ明るくなるが、溜め息で打ち消され、トウコは俯いてしまう。
「なんだよ、まだ足りないのか?」
「仕事が……ない」
トウコは顔を上げると、潤んだ瞳で見つめてきた。
「私、このメヂアを実績として魔石工房に面接して回っていたの! ここで使って、また一から作り直しだと思うと……」
「な、泣くなよ」
ぽろぽろと涙をこぼし始めるトウコに戸惑ってしまう。同時に、レーナは学生時代に経験したメヂア作成の苦労も思い出す。
確かに、あれは地獄だった。レーナだって成績上位ではあったが、ちゃんとしたメヂアは学生時代のうちに一つしか完成されられなかったのだから。
「でも、リトナ区の浄化のために国がクリエイタを募集していたぞ? ここでお前が名乗り出たら、実績にならないか??」
「ダメだよ。国のお仕事は実績があるクリエイタや工房じゃないと相手にされないんだから」
そういうものなのか。レーナは考える。どうにかトウコに納得してもらう条件を提示できないかと。
「どうせ私なんてさぁ」
レーナが迷っている間に、トウコはフォークでパスタをからめとりながら、愚痴をこぼし始めた。
「時代に合ったメヂアなんて作れないですよ。でも、私は自分が作りたいものを作りたいの。いま流行りのメヂアが本当の意味で誰かの心を救済するとは思えない。でも、大手の工房はどこも時代に合ったものを作るクリエイタを探しているの。だから、どこかの工房で働くのも違うな、って思うし。作りたいものを作るなら、自分の工房を立ち上げるしかないけどさ、それはそれで無理があるじゃん?」
延々とからめとったパスタを口に運ばず、トウコはフォークを手放すと頭を抱えた。
「時間が欲しい。あと質の良い魔石も!!」
「と、トウコ……」
どうやら、変なスイッチが入ってしまったらしい。トウコからは負のオーラが漂っている。彼女の呪詛はまだ続く。
「質の良い魔石は危険なエリアでしか取れないから、凄腕のガードを雇わないとダメなんだよ。だけど、フリーのガードなんて、依頼料とんでもないでしょ? ギルドに払う斡旋料も馬鹿にならないし」
ギルドで働くレーナも、それは理解できる。確かに専属のガードを雇って、ギルドに払う金がなくなれば、いくらか出費は抑えられるだろう。トウコは死霊のようにギロリと瞳を動かすと、レーナを見つめた。
「せめて、凄腕のガードが私の専属になってくれればなぁ。そうすれば、自分の工房を立ち上げることだって夢じゃないのに」
メガネの向こうで、トウコの視線から放たれる圧が強まる。
「魔王を討伐できるくらい強い元勇者さんとかだったら、本当に助かるんだよねぇ。ねぇ、レーナちゃん。どこかにそんな人いないかなぁ? そんな人を紹介してくれたら、私の血と涙の結晶である、このメヂアも惜しくないのに」
「そ、それは……」
これは勧誘だ。
いや、取引だ。
専属のガードになればメヂアを渡す、と。
しかし、それは無理だ。
トウコが言っていることは「自分の夢に付き合うため、共に地獄の日々を送ってほしい」という意味である。
あくまでレーナの夢は幸せな結婚生活。売れていないクリエイタの専属ガードなんて……。
「そうだ。トウコ、これならどうだ?」
専属のガードという言葉で、レーナは思い出した。
「うちの会社も何個か魔石工房と提携している。もし、ミナトくんを助けてくれたら、私の会社にお前を売り込んでやるから。上手く行けば就職先も見付かるかもしれないぞ?」
「本当に? どれくらいの工房と提携しているの??」
ついに飛び付いてきた。この条件なら協力を得られそうだ。レーナは安堵の笑みを浮かべながら答える。
「確か、百はあったはず。お前の才能なら、どこか一つは引っかかるだろ??」
「……えーっと、コラプスエリアはリナト区だったよね?」
レーナが頷くと、トウコはスマホを操作して、何かを確認すると、どこか挑発的な表情で言った。
「汚染濃度はレベル6。まぁまぁ危険なコラプスエリアだけど、大丈夫?」
トウコの問いかけに、レーナは微笑みを浮かべる。野生の獣のような、獰猛な笑みを。
「誰に向かって言っている? どんな危険だろうが、私がぶっ潰してやるよ」
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