一分で来るカレシ
煌めく銀色のナイフ。
「ひゃあっ!?」
魔石集めのため、一人でエタ・コラプスエリアに入った時のことを思い出しながら、トウコは身をよじる。あのときもモンスターの爪をかろうじて躱したが、今回も何とか回避できたようだ。ただ、足がもつれて後ろに倒れてしまう。
「いったぁ……。あっ」
尻餅をついたトウコに不審者がナイフを振り上げている。それを見た、トウコはどこか冷静にこんな思考が過った。
(なんだ、せっかく少し上手く行き始めたと思ったのに。こんな風に終わっちゃうんだ)
命惜しさよりも、こんなに呆気なく自分の創作活動が終わることに、虚しさを感じる。
(でも、そんなものだよね。私なんて……。ああ、どうせなら仕事なんて放りだして、今の自分をすべて詰め込んだメヂアを作ればよかった。そのときはお母さんの魔石とレーナちゃんの魔石を使うつもりだったのに)
まだ時間はある。どこかでそう思っていた。だけど、運命は残酷なもので、これまでの努力も、これからの希望も、こうやって踏み潰されてしまうらしい。
「ちょっと、あれなに!?」
「え、ナイフ持ってない??」
しかし、トウコは命運は尽きなかった。たまたま道を通りかかった人々が声を上げたおかげで、不審者も躊躇ったらしい。
「騎士団! 騎士団に通報しろ!」
瞬く間に注目が集まり、不審者を取り囲もうとする人まで現れる。さすがに犯行は難しい、と考えたのか、不審者は踵を返して走り出した。
「大丈夫ですか??」
「は、はい……」
よく分からないけど助かった。トウコは一息吐きながら立ち上がるが、足が震えて仕方ない。しばらくすると複数の騎士が駆けつけ、事情を聞かれることになった。
「最近この辺で流行っている、ひったくりかもしれませんね」
一連の経緯と状況を確認した騎士たちは、そんな結論に至った。ひったくりか、とトウコは心の中で大きな溜め息を吐く。どんな問題を抱えているのかは知らないが、そんな方法を選んだら、より追いつめられるだけではないか、と。
「大丈夫、帰れる?」
騎士の一人に聞かれ、トウコは反射的に「はい」と答えるが、震える足が言うことを聞かなかった。
「誰か連絡できる人はいない? 友達とか恋人とか」
「……えっとぉ」
久々に死の指先に触れられたような感覚に、なかなか頭が回らないトウコだったが、騎士の男はどこか下品な笑みを浮かべて質問を重ねた。
「じゃあ、家まで送ってあげようか? お姉さんいくつ? 可愛いとまた襲われちゃうかもしれないから、一晩中付き合ってあげようか??」
騎士団にあるまじきセクハラ行為。元騎士団長がナンパ男のせいで、末端までその性質が染み渡ってしまったのでは、とトウコは呆れる。まぁ、そのナンパ男だってもう少しジェントルではあったのだが。
「あの、大丈夫です。いるので!」
迎えはいる。そう言ったつもりだったが、変に伝わってしまったらしく、騎士の男は突き放すように言った。
「なんだ、カレシいるの。じゃあ、連絡して迎えに来てもらえば? それまで、ここで待機してあげるから」
「大丈夫です。電話すれば一分くらいで駆けつけてくれる人なので」
「一分? あはははっ、それ凄いカレシじゃん」
騎士の連中が笑った。たぶん、それだけトウコが動揺していると考えたのだろう。ならば呼んでやろうではないか。一分で駆けつける私のカレシを、とトウコは電話をかけた。
「あ、レーナちゃん? ちょっと迎えにきてくれないかな。なんかナイフを持った不審者に襲われちゃってさぁ。……そう、さっきの焼肉屋のすぐ近く」
「トウコ!?」
電話の途中であるはずが、どこからともなくレーナが降ってきた。ズサンッ、という音ともに着地したレーナはトウコの両肩をつかんで揺する。
「怪我は!? なにされた!? 病院!!」
騎士たちがぽかんと口を開く中、レーナに担ぎ上げられてしまう。
「無傷! レーナちゃん、無傷だから大丈夫!!」
「……本当か?」
トウコを下ろし、素早くあらゆる角度から彼女をチェックして傷の確認を終えると、レーナは一息吐いた。
「なんだよ、ナイフがどうとか言うから怪我でもしたんじゃないかって……。ん、誰だこいつら?」
自分たちのやり取りを唖然として見守る騎士団に気付いたレーナだが、彼らも彼らで彼女が何者なのか気付いたようだ。
「ぶ、ブラッティ・レーナ!!」
一番嫌な絡み方をしてきた騎士の顔が青ざめていく。
「あー? 誰だよ、お前」
「ひぃっ、ごめんなさい!!」
レーナに睨み付けられると、その男が真っ先に逃げ出し、あっという間に騎士たちの姿はなくなった。
「レーナちゃん……。勇者時代に後輩いじめたりしてなかった?」
「いじめてねぇよ。手厚い指導だって評判だったんだぞ」
「……そっかぁ。手厚すぎたんだろうねぇ」
「どういうことだ??」
その日、レーナはトウコの家に泊ることになった。
なんて頼りになるカレシだ……と思ったら
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