狙われたトウコ
「しかしよぉ……トウコと二人で工房やるってなったときは、こんな日が来るとは思わなかったよなぁ」
「うん、そうだね。本当に美味しい……!」
「僕も正直、路上生活になると思っていたので、奇跡のように感じてますよ!」
ウィスティリア魔石工房のメンバー三人は、同じタイミングで肉を口の中に運び、舌の上に広がる原始的な満足感に頬を綻ばせた。ここはファミリー向けの焼肉食べ放題店「牛飛」である。なぜ、三人がここのいるのか。それは仕事終わり、トウコの腹が盛大に鳴って顔を赤らめたため、リアクションに困ったゼノアが「焼肉でも食べに行きましょう!」と提案したのだった。
「徐々園ほどじゃないが、やっぱ焼肉は美味いよなぁ」
「え、レーナちゃん。徐々園行ったことあるの??」
「まぁ、勇者時代の話だよ」
「えええ、もっと早くレーナさんに出会っていれば奢ってもらえたのかぁ」
悔しそうに顔を歪めるゼノアに「誰がお前に奢るか」とレーナは鼻を鳴らし、ビールを流し込む。ですよね、と肩を落としながらも薄い牛タンを口の中に放り込み幸せを嚙み締めたゼノアが話題を変えた。
「そう言えば、この前の取材の件! 大して反響はありませんでしたね」
「あー、うん。雑誌に掲載されるなんて言うから、期待しちゃったけど、ぜんぜんだったねぇ」
少し前のこと、魔石関係の話題を広く取り扱う雑誌「週刊アメジスト」に注目の新人クリエイタとして、トウコの取材記事が掲載されたのだ。有名な雑誌に載れば反響があるだろうと思われたが、特に問い合わせが増えることなく、少し前にインフルエンサーに拡散してもらった効果も薄くなってしまったことから、超多忙な日々から、それなりに忙しい日々に戻ってしまったのだった。
「確かに依頼につながりませんでしたが、実は反響あったんですよ」
「え、なになに?」
「なんと雑誌を見たというEHKから取材依頼の連絡があったんですよ。テレビです、テレビ!」
「て、テレビ!?」
しかも、EHKと言えば最も権威のあるテレビ局ではないか。憧れの錬金術師、ノノアもEHKの取材を何度も受けていることもあり、トウコの胸は高鳴った。
「受けちゃっても大丈夫ですか? こういうのは早い方が良いと思うので、いま返信しちゃおうと思ってますけど」
「……どうしよう、レーナちゃん!?」
「どうせ、私の意見なんか関係なく決めるだろ、お前は。……それよりぃ、私がテレビに映っちゃったら、あの美女は誰だって騒ぎになっちゃうよねぇ。素敵な殿方から求婚のご連絡もあるだろうし、どうしよう。選べないっ!」
「じゃあ、受けちゃいますね」
ゼノアは二人の返事を待たずに、スマホでテレビ局のスタッフに連絡を取ったようだ。トウコは明確に受けるとは言わなかったものの、目の輝きから前向きであることは分かる。表に出ることは苦手でも、自分のメヂアが注目されるチャンスは逃さない。そんなトウコの性質をゼノアは十分に理解しているのだ。
それから三人は、美味しい、美味しい、と魔法の言葉を繰り返しながら九十分の食べ放題を終えた。
「あー、苦しい。もうダメだよ。私、三日は何も食べれないかも」
やや顔が青いトウコ。貧乏癖のせいか本気で食いだめを狙ったようだ。
「そう思っても明日にはお腹がすくから不思議ですよねぇ」
同じく顔がただれそうなゼノア。彼も借金を背負った身であり、稀な贅沢に全力を尽くしたのである。
「なんだよ、この後はラーメン行こうと思ったのに」
どんな胃袋をしているのか、レーナだけは涼しい顔だ。
「じゃあ、また明日な」
「はい、よろしくお願いします」
「お疲れ様ー」
焼肉屋の前で解散し、トウコは一人自宅に向かう。早く帰らなければ、家に残したタラミに怒られてしまう、と自然と早歩きに。だが、そこには少しの興奮もあった。
(レーナちゃんと一緒にお仕事するようになってから、着実に前へ進んでいる気がする。難しいかもしれないけど、いつかお母さんやノノア先生みたいに、錬金術師って呼ばれる日も……!)
そんな期待だけでなく、レーナとゼノアに対する感謝の気持ちも膨らみ、何となく二人がいた焼肉屋の方に振り返った、そのときだった。
「えっ?」
目の前に、誰かが立っていた。明らかに距離感がおかしい。手を伸ばさなくても触れられるような、そんな距離だ。しかも、フードを深くかぶり、顔が見えない。不審者に絡まれてしまった、と恐怖に視線を落とすトウコだったが……そこには銀の煌めきが。
「う、ウソでしょ??」
不審者はナイフの切っ先をトウコに向けていた。
「あ、私……お金ありませんよ? さっき、焼肉食べてお財布空っぽですから……その、焼肉と言ってもそこの安い食べ放題のところで、だから、ぜんぜんお金ありませんから!」
トウコの主張もむなしく、不審者は手にしたナイフを突き出すのだった。
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