きっとまだ続けられる
次の日、ゼノアがパソコンの画面を見ながら声を上げた。
「二人とも、見てくださいよ!」
レーナはAランクのガード試験が近いせいか、参考書を目にしたまま動かないので、トウコだけが腰を上げてゼノアの横に移動した。
「あ、ミカさん」
昨日、工房に訪れていたミカが映し出されている。数日前まで病院のベッドで寝ていたとは思えないほど明るい表情だ。ゼノアがさらに驚きの声を上げる。
「凄いですよ、同時接続二十万人なんて!」
そして、ミカが流暢な口調でウィスティリア魔石工房を紹介すると、とんでもないことが起こった。
「うちの公式ホームページのサーバーが、アクセスに耐えられずダウンしました! あ、HNアーカイブのアクセス数もとんでもないことに!!」
既に営業時間は終了しているにも関わらず、今度は電話が鳴り出して、ゼノアは一人てんやわんやの状態だ。そんな中、トウコはのんびりした口調で呟く。
「いやー、真面目にお仕事がんばっていると、いいことがあるんだねぇ」
だが、レーナは彼女の横顔を訝しがるような目で見るのだった。
「何が真面目だよ。お前、依頼人の注文を誤魔化しただろ。あれ、どういうつもりだ?」
「えー、なんのことかなぁ?」
とぼけるトウコに、レーナは溜め息を吐いた。
「ミカはタイヨウの魔石でメヂアを作れって依頼したんだ。なのにお前が作ったメヂアは……別の魔石で作られていた。完全に契約違反だろ」
そんな指摘に、トウコはただ微笑む。
「別にいいじゃん。契約らしい契約なんて交わしてないし、無事依頼はまっとうしたわけなんだから」
「……じゃあ、あの魔石はどうした?」
自然に探りを入れようとするレーナだが、トウコは悪戯な笑みと共に「秘密」と短い言葉を返す。
「まさか、お前……あの魔石のこと!!」
「へへー、タイヨウくんに聞いちゃいました。だから、あの魔石は私のものにします。レーナちゃんが何を言おうと、私のものでーす」
「と、トウコ……!!」
「でもさー」
レーナの怒りを遮り、トウコは質問で塗り潰す。
「なんで魔石のこと秘密にしてたの? 別に教えてくれればよかったじゃん。あれは、昔レーナちゃんが加工したものだ、って」
レーナの顔がみるみるうちに朱へ染まる。目を逸らしながら口ごもるが、期待するトウコの視線に負けたのか、白状するのだった。
「だって……あの下手糞な魔石が私が加工したものだって、トウコに知られたくなかったんだもん」
あまりにも可愛らしいプライドが理由だったせいで、今度はトウコが目を丸くする番だった。しかし、レーナらしいと言えばレーナらしい。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。
「変なところ気にするんだねぇ」
からかうと、レーナは唇を尖らせ、そっぽを向いてしまうが、そんな彼女をトウコは両腕で包み込んだ。
「でも、あれは私の宝物だよ。一生大事にするね、レーナちゃん!」
自宅に帰ると、猫のタラミが出迎えた。どうやら、先に工房を出たレーナがここに寄ってご飯を与えたらしく、甘え方が穏やかである。タラミを抱き上げながら、ふと横を見ると飾られた母親のメヂアとレーナの魔石が置かれていた。そういえば、デプレッシャ化したミカに幻覚を見せられたとき、母のメヂアが存在しないことに違和感を抱いて目を覚ましたことを思い出す。それだけ、トウコにとってこのメヂアは大きな影響をもたらしているのだ。
「お母さん……まだ続けられそうだよ」
いつか彼女のもとに。そんなことを考えながら、彼女は帰ってきたばかりなのに、再びノートパソコンを広げてメヂア作りを始めるのだった。
しかし、トウコの創作活動に闇を落とすものが動き出していた。ここは、王都の中でも高級店ばかりが並ぶ繁華街。その中でもひときわ高く美しい造形のビルだ。その女はエレベーターを降りて、広いフロアをまっすぐ歩くが、やがて王都の景色を一望できる巨大な窓に突き当たった。窓の前には男が一人立っている。彼女はその男に言った。
「お願いがあるの」
「聞こう」
「ウィスティリア魔石工房……。あれを潰してほしい」
女の願いを聞いて、男はわずかに笑みを浮かべる。終わりが近付く。そんな不吉な印象が含まれた、不気味な笑みだった。
―― 続く ――
第1章の第4話はここまでです。いかがでしたでしょうか。
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