長い失恋
エリアルドームに発生したコラプスエリアが浄化されてから、一週間が経ったある日、ウィスティリア魔石工房にミカが訪ねてきた。
「お世話になりました」
ゼノアに差し出された封筒はかなり厚みがある。
「あの、依頼料はタイヨウさんの方からいただいてますけど……」
しかし、ミカは鼻を鳴らしながら、余裕を見せるように肩をすくめた。
「私、あの男にお金を出してもらう義理はないと思っているから」
「しかしですね……」
「しかしも何もないの。私のお金を受け取りなさい」
「えええ……」
困惑するゼノアだったが、後ろで情報週刊誌を目にしていたはずのレーナが口を出してきた。
「いいじゃねえか、もらっておけよ。タイヨウからもらった金は、工房をぶっ壊した弁償代ってことにしておこうぜ」
どうやら、タイヨウが工房を訪れた際に、備品がいくつか壊れたときのことを言っているようだが……暴れに暴れたのはレーナである。そんな都合の良い発言をするレーナに、ミカの視線が向けられた。だが、二人の視線は交わることなく、次にミカはトウコを見た。
「凄かった」
「え??」
皮肉の一つでも飛んでくるのか、と警戒していたトウコだったが、それは思わぬ賞賛だった。
「貴方のシアタ現象、凄かった。デプレッシャ化しているときは……覚えてなかったけど、アーカイブで見させてもらった」
「ほ、本当ですか!?」
ミカは頷く。
「……おかげで思い出したの。私、自分が一番だって、ただ証明したくて、配信を始めたこと。配信は私が輝けば輝くほど、リスナーのみんなが喜んでくれて、それが嬉しかった。でも、途中から……やり方を間違えていたみたい」
懺悔する聖女に、トウコは微笑みかける。
「それでも、待ってくれているリスナーがいる。そういうことですよね?」
工房に姿を現してから硬い表情だったミカが、やっと笑顔を見せた。
「明日の夜、復帰配信するから。そこで、この工房も紹介させてもらうわ」
「うわー、ありがたいです!」
深々と頭を下げたミカは、今度こそ工房を出ていくかと思われが、寸前で踏み止まった。振り返り、何事かと目を丸くするトウコとゼノアだが、その視線はレーナに向けられている。それを察したのか、レーナも表情を隠していた週刊紙を下げて、彼女の視線を受け止める。
「私は……負けたと思ってないから。貴方にタイヨウを取られたくらいで、負けたとは思わないから!」
負け惜しみなのか、吹っ切ったのか、受け取り方が難しい宣言に、レーナの反応を恐れつつも期待するトウコとゼノア。だが、レーナのリアクションは怒りを抑えるような溜め息だった。
「もしかして、まだ知らないのか?」
「知らないって……なにが?」
いまいち意図を理解できずにいたミカに、レーナは手にしていた週刊紙を放り投げる。慌てて受け取ると、そこには……。
『元ナイトファイブのリーダー、タイヨウ・ゼゼリア氏。人気女優バドと熱愛発覚』
自室で撮影したと思われるプライベート画像が流出した、という記事が。レーナは仏頂面で理不尽を感じているようだが、ミカは笑わずにはいられなかった。だが、レーナも吹っ切れたように肩を落としたかと思うと、こんなことを言うのだった。
「私たちの間に、勝ちも負けもねえよ。そんなことより、打ち込めるものがあるんだ。お互い楽しくやろうぜ」
「……言われなくても、そのつもりよ」
ミカは週刊紙をゼノアに渡すと、今度こそ工房を出ていくのだった。何も知らなかったゼノアは雑誌を見て吹き出す。
「ちょ、トウコさん! これ知ってました??」
「えー、なに?」
ゲラゲラ笑うゼノアを見て困惑するトウコだったが、渡された週刊紙を見て、彼と同じように吹き出してしまうのだった。
「あははははっ!! レーナちゃん、見て! これ見てよ!! タイヨウくん、こんな若い女の子とペアルック着て、すっごい笑顔だよ!!」
「ぶはっ!! この流出したメッセージの内容、マジで気持ち悪くないですか?? 好きぴって言葉、まだ使っている人いるなんて!! タイヨウさん、イケメンなのにセンスおっさん!!」
工房に二人の馬鹿笑いが響くが、しまいにはレーナが泣き出してしまう。どうしたものかと、慌てるトウコだったが、彼女は最高の結論を得た、と言わんばかりに手を叩くと、レーナとゼノアに提案するのだった。
「そうだ、今夜は三人で焼肉に行こう! お肉を食べれば元気が出るよ!」
「い、いいですね! そうしましょう! 失恋記念ってことで!」
トウコに背中を撫でられるレーナだったが、消え入りそうな声で反論する。
「別に失恋してないし。あんな男、私の方から振ったんだから」
「うんうん。そうだよね」
「本当だからな? 私は振られてない。振ったんだ!」
強がりにしか見えないレーナの主張だが、トウコは後ろから彼女を抱きしめ、優しく囁くのだった。
「分かってる。分かってるよ、レーナちゃん。本当に……頑張ったね」
レーナ・シシザカ。三十二歳。彼女はついに初恋を過去のものとして断ち切るのだった。ただ、その日、ウィスティリア魔石工房の周辺では、酒を切らす居酒屋が続出し、多くのサラリーマンが行く先を失ったという。
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