◆シアタ現象
目を覚ますと、私を挟んでレーナちゃんとスバルくんが睨み合っていった。
「なんのつもりか知らねえが……トウコの前で暴れるじゃねえぞ」
「暴れるわけないじゃないですか。こんなロマンチックな状況で」
「どこがだよ。このサイコ野郎が」
あー、スバルくんは空回っているみたいだね。確かに、真っ白なドームの真ん中で向き合っている状況は、彼からしてみたらロマンチックなんだろうけど。二人のやり取りを眺めていると、レーナちゃんが私の視線に気付く。
「お、トウコ。終わったか?」
「うん、ちょうどね」
私が頷くとレーナちゃんは慣れた調子でノートパソコンを渡してくれたので、お礼を言って受け取り、すぐメヂアの編集作業を始めた。カタカタ、と私がキーボードを叩く音だけが響く。二人とも何を思うのだろう。黙ったままだ。
「レーナちゃん」
沈黙を遮ったのは私だ。少しだけ首を傾け、言葉を待つレーナちゃんに、私は言いう放つ。
「私、レーナちゃんを飽きさせないよ。ずっと、一緒に働きたいって思ってくれるくらい、凄いものを……何度だって作り続けるから」
ちょっと吹っ切れた私の覚悟を聞いて、レーナちゃんは何を思ったのだろう。少しだけ微笑んだみたいだった。私も微笑みを返してから、メヂアをパソコンから切り離して立ち上がる。
「さぁ、シアタ現象を始めるよ」
メヂアに魔力を注ぐと、輝きながらゆっくりと浮遊を始めた。そして、真っ白なドームの天井付近で制止し、呪いを吸い込み始める。雪が地面から舞い上がるような、浄化の光景は初めてだったのか、スバルくんが呟いた。
「美しい……」
「じゃあ、なんで殺気を出すんだよ」
レーナちゃん、冷静にツッコミを入れているけど、気付いてないみたい。スバルくんの不器用な感情表現を。メヂアの輝きが増し、ドームの天井に白い長方形のキャンパスが映し出される。始まる……。レーナちゃんもスバルくん、ミカさんだって、びっくりするものを見せてあげるんだから。
満天に輝く星の下、一人の聖女が瞳を閉じて、静かな祈りを捧げていた。それは、救いを求めるものだろうか。いや、そうではない。彼女は自分の中の輝きを信じようとしていた。
――ここは私の居場所ではない。もっと遠くへ。そして、私の輝きを世界中に。
そんな彼女の祈りは届いたらしい。その体は降り注ぐ星の光をまとうように、輝き始めた。
――どこまでも遠くに、誰よりも強い輝きを。
聖女の肉体は光そのものに変化すると同時に、大地を飛び立つ。夜空を貫き、天に向かって。その光は、さらに強い輝きを放ちながら、空を抜けると星々の世界に到達する。見渡す限り、光に満ちた世界も、彼女は満足できなかった。
星々の中を真っ直ぐ駆け抜けると、彼女の周りには尾を引く閃光が。それは、何よりも誰よりも速い証拠だった。もちろん、その輝きも何よりも美しく……。
――もっと早く、もっと激しく。
星々を後にして、ついに彼女は銀河を離脱する。そこは白い宇宙。他の輝きが到達することのない、静かな世界だ。それでも、彼女は止まらない。
――誰にも追いつけない速度と、誰によりも激しい強い光を、私に!
しかし、どこまでも駆け抜けた彼女は、白い宇宙の中で気付く。
――ここには何もない。
彼女を包む白い宇宙は美しいけれど、少し寒くて寂しい世界だった。
――じゃあ、私はどこを目指せば?
分からない。だって、何もかも後にして、ここまでやってきてしまったのだから。
道を教えてくれる人は、喜びを教えてくれる人は、誰もいない。孤独に気付く彼女だったが、ふと腰のあたりを目にすると、光が伸びていた。一本の糸のような、細い光が自分と何かをつないでいる。彼女は直感で理解した。これは故郷につながっているのだ、と。
彼女は故郷の星に帰る。少しの不安を抱きながら。だが、故郷の星に戻った彼女は驚くことになった。
――ああ、なんて眩しい。
故郷の大地は光に溢れていた。宝石の砂漠が広がるように、光に満ちている。そして、光のひとつひとつが彼女に向かって声を上げていた。
――ありがとう。
――光を、祈りを、ありがとう。
――ずっと貴方を待っていた。
大地に溢れる光はすべて、彼女の祈りに呼応したものだった。速く、激しく、輝きを。そんな祈りが彼らを満たしたのだ。大地を灯す人々は言う。
――貴方がいたから独りじゃなかった。
――その光が私の希望だった。
――だから、生きられる。
ただ駆け抜けたつもりだった。しかし、その輝きを多くの人が見つめていた。それは、希望を、感動を、勇気を与えていた。
彼女は一つの光になって、大地に向かって降下する。地上が近付くと、満ち溢れていたはずの光は、一つ、また一つと彼女の視界から消え、気付くと暗闇の中にいた。
だが、彼女は分かっている。光は消えたわけではない。この広い大地の中、彼らはどこかで輝きを放ち続けているだけなのだ。今この瞬間も、どこかで、たくさんの光が。
そして、顔を上げた彼女は見つける。いつか見つけるであろう、とても温かくて、たった一つの優しい光を。
――おかえりなさい。
その言葉に、彼女の胸は安心と喜びに溢れた。
――ただいま。
どこまでも駆け抜けた彼女の光と、優しい光が融合する。キャンパスは光で満たされたが、少しずつ勢いを失って、仄かなものに。それは、小さな家に灯る温かい光だった。
帰る場所を見つけた彼女を見守る夜空に、ウィスティリア魔石工房とつづられる。そして、ドームの天井に映し出された白いキャンパスが霧散するように消滅した。
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